俳句エッセイ V

「水平線ごつごつとある椿かな」   井上 弘美

作者の井上弘美氏は、『泉』『聲』に所属する気鋭の俳人である。 今年度の『俳句研究』賞の候補作家でもある。
掲句は、春浅い丹後の地で作られた一句である。当日は、冬に舞い戻ったかと思われる厳しい天候で、厳冬の丹後を彷彿とする一日であった。海も荒れに荒れ、白波が次々とうち寄せ、海全体が巨大な水槽となって激しく揺さぶられているかのようであった。
「ごつごつとある」は、そんな水平線のうねりの様を捉え表現した言葉である。膨大な水の堆積を累々たる巨岩の累積と捉える感覚はただ者のものでは無い。世界をつかみ取るたくましい手の感触がここにはある。作者はまた、それは遠景としての水平線に対する近景としての「椿」の花の様態でもある、と言う。荒涼たる景を背後に、無骨とも思える泰然たる「椿」の姿は、作者の生きる姿でもあろうか。同じ作者の「盆梅にみづうみとほく荒れてをり」という句も思い出す。

*出典は、第2句集『あをぞら』より。なお、同氏はこの句集で、「第26回俳人協会新人賞」を受賞された。