影踏み (その一、馬場あき子)
さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり 馬場あき子
散る花や老躯を巡る水の音 清水貴久彦
夜半さめて見れば夜半さえしらじらと桜散りおりとどまらざらん あき子
眠られぬ夜半しらじらと桜散る 貴久彦
真葛野も枯れ明るみて男には敵(かたき)われには思う人ある あき子
葛野原男には敵我に恋 貴久彦
捨て船と捨て船結ぶもがり縄この世ふぶけば荒寥の砂 あき子
地は吹雪捨て船結ぶもがり縄 貴久彦
冬つひにきはまりゆくをみてゐたり木々は痛みをいはぬものにて あき子
厳寒や木々は古傷隠し持つ 貴久彦
くれなゐを冬の力として堪へし寒椿みな花をはりたり あき子
くれなゐを吐き出して死ぬ寒椿 貴久彦
冬海の暗さ世界のつまらなさ灰色にしてなまこの眠り あき子
海暗しつまらなき世を寝るなまこ 貴久彦
まはされてみづからまはりゐる独楽の一心澄みて音を発せり あき子
秋澄むや音を発して回る独楽 貴久彦
女なること忘れをりしが夏たけて鯉(り)魚(ぎょ)たり夢に濃きやみを泳(ゆ)く あき子
鯉と化し女闇泳く夏の夢 貴久彦
秋風は過去の索引そのなかに萩咲けば萩は思ひ出づらむ あき子
萩の咲くページの記憶秋の風 貴久彦