影踏み (その二、永田和宏)
岬は雨、と書きやらんかな逢わぬ日々を黒きセーター脱がずに眠る 永田 和宏
君に書く雨のことなど冬の旅 清水貴久彦
採血の終りしウサギが量感のほのぼのとして窓辺にありし 和宏
小春日や血を抜かれても白兎 貴久彦
スバルしずかに梢を渡りつつありと、はろばろと美し古典力学 和宏
天に星地に花神は古典力学 貴久彦
彼がなぜおれの尺度だこんなにも夕日がゆがむフラスコの首 和宏
ライバルが立てり夕焼にゆがむラボ 貴久彦
天秤は神のてのひら秋の陽の密度しずかに測られいたる 和宏
秋の陽の密度を測る神の御手 貴久彦
寒の夜を頬かむりして歌を書くわが妻にしてこれは何者 和宏
妻ならぬ妻が歌詠む霜夜かな 貴久彦
らりるれろ言ってごらんとその母を真似て娘は電話のむこう 和宏
長き夜や妻の口調の子の電話 貴久彦
寂しさをもてあましいつ梅の木に洗いざらしの光はきざす 和宏
梅の香を抱きかかえたる光かな 貴久彦
舫(もやい)とけし一艘の船をみちびきてしずけき水は湖(うみ)につづけり 和宏
凍月や静けき湖へ出る小船 貴久彦
もうわれを叱りてくるる人あらず 学生の目を見据えて叱る 和宏
底冷えや師の忌に酔うて弟子叱る 貴久彦
短歌は、小高賢編著「現代短歌の鑑賞一○一」(新書館刊)より任意に選んだ。