影踏み (その四、藤井常世)
濁り川次第に静まるときにして吹かるるごとく降りし白鷺 藤井常世
濁り川白鷺降りて静まれり 清水貴久彦
雪はくらき空よりひたすらおりてきてつひに言へざりし唇に触る 常世
雪一片言葉呑みたる唇に 貴久彦
萩すすき分けて柴刈る女にて山走りつつ人を恋ふべし 常世
萩山を走れり恋の芝刈女 貴久彦
わが生(しやう)に見尽ししものあらざるに朱鷺(とき)の滅びにいま遇はむとす 常世
人の世を短く生きむ朱鷺滅ぶ 貴久彦
いかづちは地にやや近き空にありて大音声にこの世を叱る 常世
地に近くこの世を叱るはたたがみ 貴久彦
よぢれつつのぼる心のかたちかと見るまに消えし一羽の雲雀 常世
揚雲雀こころよぢれて消えにけり 貴久彦
いちめんにすすき光れる原にゐて風に消さるることば重ねむ 常世
風の消すあまたの言葉すすき原 貴久彦
憐れまるることなど嫌ひ 貯へし冬林檎食み尽しても冬 常世
憐れみを拒みて一人食ふ林檎 貴久彦
まどかなる若草山を奔る火の今宵は猛き思ひなるべし 常世
猛き火の若草山を奔りけり 貴久彦
空を截る羽音けはしき大鴉今生のこと曖昧にすな 常世
いさぎよき人を慕へり寒鴉 貴久彦
短歌は、小高賢編著「現代短歌の鑑賞一○一」(新書館刊)より任意に選んだ。