影踏み (その五、岸上大作)

装甲車踏みつけて越す足裏の清しき論理に息つめている           岸上大作
   装甲車裸足で踏んで越す論理                       清水貴久彦
  
海のこと言いてあがりし屋上に風に乱れる髪をみている               大作
   白南風や屋上に髪乱れさせ                           貴久彦

皺のばし送られし紙幣夜となればマシン油しみし母の手匂う             大作
   皸の母の紙幣の油染み                              貴久彦

母の言葉風が運びて来るに似て桐の葉ひとつひとつを翻(かえ)す          大作
   桐一葉母の言葉で裏返る                             貴久彦

木の橋に刻む靴の音拒まれて帰る姿勢を確かにさせる                大作
   凍橋や拒まれ帰る靴の音                              貴久彦

意思表示せまり声なきこえを背にただ掌の中にマッチ擦るのみ            大作
   意思表示迫られマッチ擦る霜夜                          貴久彦

問いつめているも負目と知らされて受話器に聞きている咳の音            大作
   電話にて問へば攻めくる咳の音                          貴久彦

戦死公報・父の名に誤字ひとつ 母にはじめてその無名の死             大作
   霾や父の戦死の報に誤字                              貴久彦

いきおいてありしスクラム解きしとき突きはなされたようにつまずく           大作
   スクラムを解き秋風につまづけり                          貴久彦

かがまりてこんろに青き火をおこす母とふたりの夢つくるため             大作
   春近し母とふたりのこんろの火                           貴久彦


短歌は、小高賢編著「現代短歌の鑑賞一○一」(新書館刊)より任意に選んだ。