影踏み (その六、釈 迢空)


道に死ぬる馬は、仏となりにけり。行きとゞまらむ旅ならなくに              釈 迢空
   旅寝せし人馬枯野に死ににけり                          清水貴久彦

鬼の子の いでつゝ 遊ぶ 音聞ゆ。設楽(シタラ)の山の 白雲の うへに         迢空
   鬼の子の遊ぶ設楽の夏の雲                               貴久彦

かさなりて 四方(ヨモ)の枯(カラ)山(ヤマ) 眠りたり。遠山おろし 来る音の する    迢空
   木枯に山重なりて眠りけり                                貴久彦

何ごともなかりしごとく 朝さめて溲瓶の水を くつがへしたり                迢空
   大朝寝溲瓶の水をくつがへす                              貴久彦

いまははた 老いかゞまりて、誰よりもかれよりも 低き しはぶきをする         迢空
   誰よりも低き咳する齢かな                                貴久彦

山岸に、昼を 地(ヂ)虫の鳴き満ちて、このしづけさに 身はつかれたり          迢空
   山岸に昼を地虫の鳴きにけり                              貴久彦

山ぐちの桜昏れつゝ ほの白き道の空には、鳴く鳥も棲(ヰ)ず               迢空
   山ぐちの桜昏れつつほの白し                              貴久彦

ながき夜の ねむりの後も、なほ夜なる 月おし照れり。河原菅原             迢空
   ながき夜のねむりの後もなほ夜なり                          貴久彦

年の夜(ヨル) あたひ乏しきもの買ひて、銀座の街をおされつゝ来る           迢空
   年の夜やあたひ乏しきものを買ふ                           貴久彦

山峡(ヤマカヒ)の 残雪の道を 踏み来つる あゆみ久し と 思ふ しづけさ      迢空
   山峡の残雪の道を踏み来たり                             貴久彦


短歌は、高野公彦編「現代の短歌」(講談社学術文庫)より任意に選んだ。