影踏み (その七、斎藤茂吉)
しろがねの雪ふる山に人かよふ細(ぼそ)ほそとして 路(みち)みゆるかな 斎藤茂吉
雪山へ道細々と続きけり 清水貴久彦
赤(あか)茄子(なす)の腐れてゐたるところより幾(いく) 程(ほど)もなき歩みなりけり 茂吉
赤茄子の腐れるを見る去りがたし 貴久彦
自殺せし狂者(きょうじゃ)の棺(くわん)のうしろより眩暈(めまひ)して行けり道に入日(いりひ)あかく 茂吉
自殺せし狂者の棺や大西日 貴久彦
春の雲かたよりゆきし昼(ひる)つかたとほき菰(こも)に雁(がん)しづまりぬ 茂吉
雁潜む川原草原雲低し 貴久彦
横(よこ)ぐもをすでにとほりてゆらゆらに平(ひら)たくなりぬ海(うみ)の入(いり)日(ひ)は 茂吉
夏雲を抜けて平らに日は海へ 貴久彦
隣室(りんしつ)に人は死ねどもひたぶるに帚(ははき)ぐさの実(み)食ひたかりけり 茂吉
とんぶりや隣室に人ひとり死ぬ 貴久彦
しんしんと雪(ゆき)ふるなかにたたずめる馬(うま)の眼(まなこ)はまたたきにけり 茂吉
降る雪に馬佇んでまたたけり 貴久彦
もの冷ゆるころとはなりて朝々(あさあさ)の明(あかり)より鳥は群れ立つ 茂吉
朝寒に鳥の群れ立つ薄明り 貴久彦
寒くなりしガードのしたに臥(ふ)す犬に近(ちか)寄(よ)りてゆく犬ありにけり 茂吉
臥す犬に犬寄る寒のガード下 貴久彦
こゑひくき帰還兵士のものがたり焚火(たきび)を継がむまへにをはりぬ 茂吉
炉に粗朶を帰還兵士の去ぬ前に 貴久彦
短歌は、高野公彦編「現代の短歌」(講談社学術文庫)より任意に選んだ。