歌仙『水澄むや』の巻

オ  水澄むや社家の表に人の声        清水貴久彦      
     色なき風の暮るる神山(こうやま)     岩城久治     
    月照らす田中の道を近道に         鈴木 稔      
     ほつれしままの前かけの裾        彦
    厨にて湯飲み茶碗で焼酎を         治      
     夜はバイトで語学留学           稔

ウ  度の強き眼鏡を換へてコンタクト      彦
     米粒に書く般若心経            治
    痘痕なる靨吸はなん吾妹子よ        稔
     いつもと違ふマニキュアをして      彦
    ヨン様と似て非なる人傍にをり       治
     旅に備へてパスポート取る        稔
    マフラーをなびかせ月の公園に       彦      
     バット素振りの兄と妹            治
    キネマ館看板のなほ灯りゐて        稔
     紙屑吹かれ溜まる足元          彦
    一斉に枝を離るる花の中          治        
     ぴんと尾を立て孕み猫行く        稔  

ナオ よく食べて笑ふ女に春の風        彦      
     ため息症候群とは無縁         稔
    ころころと芝生をころげまわる児よ   治
     鳩驚かすサッカーの球          彦
    観戦すパンにトマトを挟みては      稔      
     雨上りしか彼の雲の峰          治     
    エンジンの音軽やかにサイドカー     彦
     リボンの似合ふ君の長髪        稔
    ぼんやりとソーラー灯にシルエット    治
     タオルを肩に桶を小脇に         彦
    湯面を乳房で乱す後の月         稔      
     地芝居跳ねて化粧落せり        治  

ナウ 村長が届けくれたる栗の飯         彦      
     都会引きあげ医師帰るてふ       稔
    四十年振りに同級会あれば        治
     震へる手にて持てる写真機       彦
    花を見てドーンと時間の流れゐる     岩城尋子     
     水の音聞き春惜しみをり         稔

                 於京都市上賀茂
            平成十六年九月二十日首尾