歌仙『春場所』の巻


 オ 春場所の宿つかまつる在所寺     大石朴花女
    仔犬連れ出す芳草の中          岩城久治
   暮遅し疎水は浅き流れにて      すずきみのる
    鐘聞きながら開く新聞         清水貴久彦
   小説に陶もの描く十三夜              治
    卆寿の母の障子張らるる             女

 ウ 床の間の隅に置きたる木の実独楽       彦
    転校生より届くメルアド              る
   はればれとみづうみにけふ逢はむかと     女
    放歌高吟朴歯下駄履き             治
   一斉に旧色街の灯りたる             る
    横断歩道に黒の札入れ             彦
   美しき誤解に月の涼しく出             女
    ハチ公前の坂に夏風              治
   看板にタイ文字のあるレストラン         彦
    叉(フォーク)の柄に彫りし唐獅子        女
   贅つくす句集に付箋花埃              る
    植疱瘡の後のじゆくじゆく            治

ナオ 少年が闘鶏の鶏抱き来たる           る
    飲兵衛の父竜の刺青              彦
   黒柿の柱のまとふ麝香の香           治
    刀傷とて言ひふらしたる             女
   代参の石松と炉を共にして            彦
    毛皮羽織りし大部屋女優            る
   演技派の演じ切つたる認知症          女
    まこと真剣老いらくの恋             治
   町名は変はれど隣どちの人            る
    がつと洟とぞ昔言ひたる            治
   決裁の校長室に月の射し            彦
    美髯落とせしよりのやや寒           女

ナウ 明日嫁ぐ娘と二人食ふ秋茄子         る
    母の形見に持たす箸置             女
   ポケットになどか栓抜き入りゐたる       治
    筵の用意怠りのなく                女
   お座りをおぼえし犬に花散り来     岩城尋子
    永き一日を過ごす船上             る


                        於京都市上賀茂
               平成十八年三月二十五日首尾