鬼ヶ島てのは、本来海をわたっていくものじゃないか、とサルが言う。また? いい加減にしなさいよ、とキジが応える。本来、空を飛んでるはずの私が、こうやって地上を二本足で歩いてるんだから、と言う。momoは、何も言わない。列の先頭を正面むいたまま歩いている。私も、本来四足歩行だから、後足で立ち上がって歩いているのは、キジ以上に理不尽なことかもしれない。でも、何も言わない。サルとキジの遣り取りを背後に聴きながら、momoのひらりひらりと揺れる後ろ髪を上目に見つつ歩いている。そもそも島というくらいだから、四囲に水域が広がっていなくちゃならないし、そこに行き着くには、まず海なり湖なりに辿り着かなきゃならないはずだ。サルが、自分の長い尻尾をガジガジ咬みながら、言う。どこまで歩いても、そんなものありゃしない。ウッキャー、と叫び、叫んでからサルは、何となく後ろめたそうな表情で、私たちを窺う。それにしても、とキジが言う。もうそろそろ何かが見えてきても良い頃じゃないかしら。もう随分と歩いたはずなのに、一向に景色が変わる気配もないわ。それは確かにその通りで、こうやってmomoを先頭に、私たちが鬼ヶ島を目指して歩き出してから、天空は何度も明暗を繰り返していたのだった。何ならあたしが、とキジは続けた。ちょっと飛び上がって、上空から行く先を見渡してきましょうか。すると、馬鹿にしたような声音で、サルが言った。近眼のお前に、一体何が見えるというんだ。鳥目で近目のお前に見える物なんて、三寸先のもやもやした空気だけじゃねえか。上下の歯をむき出しにして、サルは笑った。不自然なほど白い歯だった。きっとした表情でキジは何か言い返そうとしたが、すぐに馬鹿馬鹿しいという表情を露骨に浮かべて、口を閉ざした。疲れていないか、momo、と私は前を行くmomoに話しかけた。momoは、正面を向いたまま、小さく首を振った。少し間をおいて、皆が疲れているなら、少し休みましょうか、と言った。そして、私たちの方を振り返った。サルがキジと私を交互に見て、大丈夫だ、momo。こいつら疲れちゃいないよ、と答えた。キジもサルの言葉に添えるように、もう少し先まで行ってみましょう。そうしたら、何か見えるかもしれないし。momoは、こくりとうなずいて、顔を前に向けた。どこからか、湿り気を含んだ風が吹き付けてきた。momoの後ろ髪がその温風に吹き嬲られているのが見えた。それにしても、と私は思った。生まれたときから一緒だった私はさておき、サルとキジとは、何故この旅を、momoと共に行く気になったのだろうか。momoが私たちに呉れる「キビダンゴ」に惹かれて付いてくるというわけでもないようだが。やがて、momoは立ち止まり、私たちの方を振り返り、休みましょうと言った。私たちは、その場に腰を下ろした。momoは風を背に受けるようにして座っていた。私たちは、momoを起点にして小さな円を描く風に座っていた。ここしばらく、momoは何かを考えている様子で、口を閉ざしがちであった。歩いている間は、悪態をつきあっていたサルとキジも、腰を下ろしてしまうと、黙りがちとなった。宙を渡る風の音が聞こえるかと思えるほどの静けさの中で、落ち着かない様子でサルは立ち上がった。サルは、私たちをちょっと見下ろすようにして、それから風に顔を向けた。そして、言った。何か、来る。そして、風の方を指さした。

やがて、前方の陽炎の中に、ゆらゆら揺れ立つ人影が見え始めた。誰か、来るぞ、とその方を指さしながら再びサルが言った。言われるままに、私たちはそちらを見た。最初一塊に見えたその影は、近づくにつれ、次第に分かれてゆき、やがて一人一人の姿が確認できるまでになった。それは、私たちと同じように四人連れの旅人のようだった。momoは立ち上がり、歩き始めた。私たちも後に続いた。そして、私たちはお互い牽かれるようにして行き会ったのだった。先頭に立つmomoが、その涼やかな声音で、我々に対して警戒を怠らない風の三人の従者に囲まれた馬上の人物に声をかけた。「どちらまで。」すると、馬上の人物も、静かにmomoや私たちを見下ろしながら、微笑むように白い歯をわずかに見せながら答えた。「天竺まで。」僧形のその人は、一度見たらそのまま見続けなくてはいられないほどの、深い黒を湛えた眼差しを私たちに向けながら言った。「永い、永い旅を続けております。」猿に似たもの、豚に似たもの、何者にも似ない者、異形の三人の従者が、馬上の人を見上げていた。「私たちも、旅を続けています。」童顔のmomoは、ちょっと私たちの方を振り返って、言った。「鬼ヶ島へ。」それから、小さな息の塊をこぼすように言った。「長い、旅になるのでしょうか。」サルが一瞬、えっという表情を浮かべた。キジは、先程から馬上の人をうっとりと見つめているのだった。そして、私は白い頬に紅い唇のmomoの横顔を見上げていた。長い睫毛が、かすかに震えているのが分かった。馬上の人は、何も答えなかった。そして、垂らしていた馬の手綱をゆっくりと片手に握った。momoが、脇に身を移すのに従って、私たちもその場から動き、馬の進む道を開けた。金色の瞳を持った白馬は、その人を乗せて、ゆっくりと歩み始めた。三人の者達が、囲みを解くようにして馬の後ろに従った。私たちはそんな人たちの去っていく姿を見送った。ふと、猿に似た者が私たちの方を振り返った。その時になって、私はその者の両目が白濁していることに気がついたのだった。恐らく、その者の目にはすでに何者も映らないのだろう、と私は思った。そんな彼の上に流れたであろう時間のことを思った時、不意に喉の奥から遠吠えの声が出そうになるのを、私は噛み止めるために、尻尾に力を入れたのだった。