岩城久治 新句集『冬焉』より (2)

渡り者海苔一束を持つて来し

渡り者とは、文字通り「渡り歩く者」、あるいは、「他の土地から来て住み着いている者。よそ者」の意味だと、手許の三省堂の辞書には解説してある。この句の場合、そのいずれの意味かは、はっきりとは分からないが、私などは前者の方の意味で受け止めてしまう。それはなにも「フーテンの寅」さんのファンだからというだけではない。この句の「海苔一束」は、おそらく「挨拶」としてこの「渡り者」が持参したものであろう。さほど長い期間ではなくこの地に逗留し、やがてはこの地を立ち去って行く者が、仮初めの縁とはいえ、係わり合う者に「礼儀」として一束の海苔を持って来た。その少し古風な礼儀正しさが、まれ人として生きてきたこの「渡り者」の生き方の筋の通し方として、ある懐かしさを感じさせるのだ。この句は『冬焉』の2番目に置かれた句。この句もまた「一束の海苔」として、読者の前に差し出されたものかもしれない。そんな事をふと思ってしまうのだ。俳句は「挨拶」ということもあるので・・・。