日記のようなものを書いてみようかな、と思いました。
備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、という事です。 一人言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さい。 |
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【09年7月30日】
熱帯夜だったのだろうか、エアコン無しで扇風機のみの涼では、暑さに太刀打ちが出来なかった。一晩中寝苦しくて、目を覚ましたりうつらうつらしたりの繰り返しで、かなり睡眠不足状態である。以前は、エアコン無しなど当たり前の事だったのに、楽に慣れると、こんな体たらく状態となってしまう。
5時過ぎに起床。ともかく、まずシャワーを浴びて、汗染みた状態から復帰。とりあえず朝食を作る。やがて、母が起き出してきて、朝食の用意を始める。甥は、昨夜帰宅が遅かったので、まだ眠っている。母と甥は、今日帰郷する予定である。
7時前に家を出る。車中で、村上春樹の『神のこどもたちはみな踊る』を読み始める。オウム取材後の短編小説集なので、もっと色濃くカルト的な素材を扱っているのかと思っていたのだが、そうでもないようだ。電車を降り、小川沿いの道を職場まで歩く。街路樹に蝉がしきりに鳴いている。川の流れと木下道ということで、割と涼しくて気持ちよく歩く。
今日で、補習は終了。結構風の通る教室での補習授業ではあったのだが、生徒は暑さがかなり応えたようだった。面談や会社訪問の段取りもほぼ終わる。お盆後の四者面談やその後の複数回の模擬面接の手配や準備なども、一応片がつく。ちょっと一息、というところだ。
『鼎座』第11号の印刷・製本が終了したとの連絡が入り、その受け取りのために、年休を取って早めに退勤。
帰宅後、しばらく待って印刷所の人が、出来上がったばかりの『鼎座』を届けに来る。今号から表紙の紙質と色を変える。銀鼠に墨書で『鼎座』と書かれたもの。ちょっと渋過ぎるかもしれない、と思う。これから、発送作業に入らなければならない。
【09年7月28日】
月曜、夜。寝室のエアコンが、とうとう壊れてしまった。本体は動いているのに、まったく冷えない。冷えないどころか、動かしていると、次第に部屋の中が暖かくなってくるという有様である。甥の部屋のエアコンが壊れたときと、全く同じ状態である。そう言えば、ここしばらく、エアコンを動かしていると、時折妙な音がしていたのだが、故障の前兆であったか、と今にして思う。13年間近く使ってきたエアコンなので、もう修理は諦めて、新しく安い機械を買うことにする。その夜は、久しぶりに窓をちょっと開け、扇風機を使う。小川英晴氏の詩集を2冊読む。「創生記」の作者でもある。死とその向こうに広がる世界を、純度の高い言葉で詠われる。独特の世界観が美しいと思う。夜、意外と気持ちよく寝る。
月曜日は、午前中病院へ行き、検査を受け、午後は年休を取って、1年ぶりくらいに「参」句会に参加する。検査結果が悪くなかったので、よい気分で句会に参加出来た。4句投句。うち、一句は席題。「焙烙灸」。「丹の会」のメンバーの方達を除いて、初めての方達ばかりの句会であった。作品も面白かったが、皆さん結構弁の立つ方が多くて、話を聞いているのもなかなか面白かった。句会は4時まで。その後は、まっすぐ帰宅。俳句研究者のA氏は、今回は残念ながら欠席投句であった。句会の中で、来月の8月19日(ハイクの日)、20日の両日、大阪にて吉野の桜を守るために、色紙の頒布会が開かれることを知る。石田波郷の色紙なども販売されるらしい。
火曜日。少し遅めに出勤。車中では、昨日から読んでいる関根秀一郎著『派遣の逆襲』の続きを読む。関根氏は、昨年末から今年の年頭に話題になった「派遣村」の中心人物の一人。「派遣ユニオン」の書記長でもある。「派遣」労働というものが、いかに働く言うことを破壊し尽くしているのか、とても考えさせられる内容の一冊であった。
7時半過ぎから仕事にかかる。就職指導担当ということもあって、ともかく忙しい。本来の仕事の上に、AO入試の自己推薦書の指導が挟まってきて、半日でぐったり疲れる。遅めの昼食をとり、定時までこまごまと仕事をこなす。エアコンを買いに行かねばならないので、5時になると急いで退勤。自宅の近所の大型小売店で、一番安い分を購入。土曜日に設置の段取りをつけてもらう。ここ数日は、夜は扇風機で寝につくことになる。
帰宅。甥は、今日が最後の試験で、実技。出来はまあまあだったようだ。夕食の準備も出来ていて、有り難い。甥は、明日一日特別授業があるということで、明後日母と一緒に帰省することになっている。
【09年7月26日】
日曜日。6時前に起床。「歩き」に出かける。昨日とはコースを変えて、1時間ほど歩く。蝉の声を聞き、木々の緑の濃さを感じつつ、歩く。コースの一部に疎水沿いを選ぶが、流れる水を見ながら涼感を得ようとの期待は、当て外れであった。ずいぶん蒸し暑い。
午前中は、自宅で読書。『老子』の続きを読む。昼食は、チキンライス。午後、滋賀方面に積乱雲を見ながら、外出。本を仕入れに行く。三条のいつものブック・オフで、詩集を数冊購入。その後、三月書房にまわって、2冊新書を買って、丸太町まで歩き、京阪で帰る。車中で買ったばかりの本を読んでいて、ひさびさに乗り越しをする。車外は、土砂降り。
大学に行った甥は、どうやら同じ電車か、その前の電車に乗っていたらしく、強雨の中を帰宅したらしい。こちらは、乗り越したおかげで、小雨の中を帰宅することになる。ラッキーであった。
夕方、入浴。「笑点」の大喜利を見ながら、浅酌。今日は、夕食はお寿司なので、ちょっと楽しみである。
明日は、病院。その後、年休を取って、午後は「参」の句会へ参加する予定。一年ぶりくらいであろうか。若手の俳句研究者A氏が参加されるかもしれないとのこと。楽しみである。
【09年7月25日】
金曜日。柳人の草地豊子という方から句集『草地豊子集』を送っていただく。邑書林の「セレクション柳人」の一冊で、樋口由紀子さんから紹介を得て、送って下さったとのこと。ゆっくり読ませていただこうと思う。
WEB版「豈」に中岡毅雄句集『啓示』の事が、高山れおな氏の句集評という形で掲載されていた。長い闘病生活を送りながら、時折総合誌に短い文章や作品を発表しておられたけれど、今回発病を挟んでの句業をまとめられたとのことだ。引用された句からの印象だけれど、手堅い写生の技法を駆使した自然描写が鮮烈であった。
土曜日。朝5時起床。いつもの「歩き」。早い時間帯だけれど、蒸し暑い。天気は今ひとつで、湿度も高い。ずるずると梅雨明けが延びている。近所を1時間、7000歩ほど歩く。緑の多いところを選んで歩くが、蝉の声がうるさいほどだ。
午前中は、雨もよいの天気。外出は控えることになる。午後、『荘子』を読むつもりが、『老子』を読むことになる。相対主義的発想が面白い。「道」という絶対を根本に置く「無為自然」という在り方もなかなか面白い。昼過ぎに読み始めて、夕方まで読み続ける。少々目が痛くなる。
夕方、「歩き」の追加を兼ねて、買い物に出掛ける。大気はかすかに雨気を含んでいる。いつ、雨粒となって降り出してもおかしくない天気だ。歩数を稼ぐために、大回りをして大型小売店まで行く。途中、背丈を軽く超える3本の向日葵を見る。見事なものである。店舗二階の書店で、芥川賞受賞作を買う。母に頼まれた買い物。あとは、食品と雑貨類。米も買ったのでずいぶんと重い。
夜。夕食後、光フレッツのセキユリティーソフトの更新に手間取る。前回の時も、上手くいかずに、電話で相談したりして、数度のやりとりの上で、数日間かかったことがあった。今回も上手くいかず、メールで問い合わせた返事が来ていたので、それに従って作業を行うが、なかなか更新できない。結局、2時間ほどかかって終了。もっと簡便に更新できれば良いのだが。
【09年7月24日】
昨日が終業式。そして、本日から生徒は夏季休業に入る。こちらは、当然通常勤務。ただ、いつもより1時間ほど、起床時間が遅くなる。
6時前起床。シャワーを浴びてから、朝食の準備。母が来ているので、目玉焼きは三人分。味噌汁も作る。
7時前に自宅を出る。さすがに、電車は少し混んでいる。下車後、バスを使おうかとも思ったけれど、さほど暑くもないし、早く着く必要もないので、歩くことにする。蝉声を聞きながら、40分ほど歩いて職場へ。少し、汗をかく。夏季補習が始まる。クーラーの入った教室は、すべて他の補習や三者面談に使われているので、クーラー無しの教室での補習となる。生徒もうだっている。最初は暑かったけれど、しかしやがてなんとなく慣れる。時折吹く涼しい風が、結構気持ちよい。就職関係の補習、60分間みっちりと作業をこなす。
補習終了後、面談並びに企業訪問の段取り。さらに、AO入試の文章指導が2件入る。うち1件は、午後までに渡り、なんやかやで意外と時間がかかる。1時過ぎに昼食をとり、次の就職補習の準備(自転車操業である)、2学期の授業準備、手間暇のかかる3年生の作業プリントを途中まで作り、根気が途切れたので中断。後日に期すこととする。さらに、作文指導。明日が〆切という事なので、こちらもかなり焦ってくる。ここしばらく、毎日のようにAO入試対応の作文指導が入ったのは、そのせいかと得心する。なかなか読み応えのある文章もあるけれど、そうでない場合は、こちらも混乱気味になってしまって、かなり消耗する。この苦痛は、他の教科の人には恐らく分からないだろうな、と思う。
夕方、帰る前に職業適性検査の検査結果の出し方を予習しているうちに、いつの間にか時間が経過。夕食のおかずを買って帰らなければならないので、急いで帰宅準備。退勤。
帰りの車中で、ここしばらく断続的に読んできた白川静の『孔子』を読了する。漢字論ばかり読んできたので、別の側面を見ることが出来て、大変面白かった。『荘子』も読んでみたいと思う。
【09年7月20日】
月曜日。休日にもかかわらず、一日授業があると言って、朝から甥は学校へ。熱心なのか、いい加減なのか、よくわからない大学である。
ここ二日休んでいた「歩き」。6時過ぎから、いつ雨が降ってもおかしくないような空模様の下、1時間ほど近所を歩く。雨が降り出したら困るので、遠歩きは控えることにする。朝から生暖かい。
日曜日は、結局一日、家籠もり。広瀬ちえみ氏から送っていただいた『垂人(たると)』12号を読む。句と文章の同人誌。広瀬氏の『夢幻譚 ソノヨ』は、不思議でなかなか面白いお話であった。野口裕という人も、この雑誌に作品を掲載しておられたんだと、いまさらながらに思う。
日本語に関する文章などもちょっと読む。国語としての日本語という視点と、「外語」としての日本語(日本語を母語とする人達の使う日本語ではなく、外国人が学び、使う日本語)という視点での、日本語論が面白い。
土用の丑の日ということで、夕食は鰻を食べる。国産鰻。あまりしつこくない味付けで美味しかった。夕方から夜にかけて、外は豪雨と雷。酷いものであった。梅雨末期の兆候なのだろうか。9時過ぎには就寝。しかし、夜中に目が覚めて、夜中に2時間くらい起きていた。
月曜日。どうやら一日雨もよいの日となりそうだ。少々、眠い。
【09年7月19日】
久しぶりに7時過ぎまで寝る。もっとも、夜中に何度も目を覚ましてはいるのだが。特に何をするでもなく、午前中を過ごす。洗濯槽の洗濯をする。ずいぶんと汚れていて、びっくりする。2度ほど濯ぎをすることになる。
土曜日は、丹後の「すき句会」の日。三連休の初日で、「はしだて1号」に若い人達の姿が目立っている。小学校は、夏休みに入ったのか。観光客が増えるのは、好ましいことだ。二条駅からは、岩城先生も乗ってこられるが、席が離れているので、別々に車中を過ごすことになる。こちらは、いつも通り、句作り。その後は、窓外の景色を眺めたり、うつらうつらしたりで、2時間余りの時間を送る。丹波山地の緑が眩しい。福知山を経て、しばらく眠っていたらしく、気が付いたら宮津直前であった。宮津で、別の特急に乗り換え。丹後大宮駅へ。駅舎内の喫茶店は、気まぐれ営業で、今日は休み。別のレストランに行く。800円で、ちゃんとした料理と、コーヒーにチーズケーキまでついている。安くて美味しい店である。
句会は欠席投句の方を含めて10名あまりの参加。時折、涼しい風が吹く岩城邸であったが、扇風機1台は、やはりかなり暑い。そのせいか、今回は結構議論も熱くなって、句会終了はやや延びて5時ぎりぎりとなる。町内放送の時報に合わせるようにして、終わる。8月は休みなので、次の句会は9月に入ってからになる。
電車までの時間に、よく冷えたビールをいただく。いつものNさんとMさんを交えて、しばらく四方山話。Mさんは、所属結社で、好調らしい。そう言えば、先般開催された丹後の俳句会でも、「すき句会」に参加されている方達が、活躍されたと聞いた。
帰りの車中では、いつも通りビールを飲みつつ、雑談。コンサートのあとで、聴きに来て下さった柳人のHさんと一緒に、祇園の「米」さんに行って、Tさんや「銀化」のNさんやMさんと合流して歓談された折のことなど聞く。その頃、こちらは「出町かんから」で二次会を開いていたのだった。ちなみに、岩城先生は、「かんから」にも二度ほど飲みに行かれたとのこと。割と若向きの店なのだが、ちゃんと押さえるところは押さえておられると感心する。
岩城先生は、二条駅で下車。そこで奥様と落ち合われるとのこと。こちらは、京都駅から、自宅直行である。少々、疲れる。帰宅すると、母と甥が遅い夕食をとっていたところだった。9時過ぎには就寝。
【09年7月17日】
朝方、酷い雨が降った。6時過ぎ、家を出るときは、雲が重苦しく全天を覆っていたけれど、雨は止んでいた。電車から、バスを乗り継いで、職場へ。バスを降りて、そう言えば今日は祇園祭山鉾巡行の日だったなと思い、濡れた歩道を歩きながら、ちょっと天気が気になったけれど、祇園祭の事も天気のこともそれまでで、あとはひたすら慌ただしい一日を送ることになる。夕方になって、一息ついて、そう言えば巡行の時間帯の天気はどうだったのだろうかと思うが、天気を気にする余裕もなかった事に気が付いだけであった。帰宅して、マンションの郵便受けに入っている夕刊の一面のカラー写真を見て、どうやら天気は保ったらしいと知る。
疲れる一週間が、やっと終わった。疲労が溜まると、すぐ後遺症が強く現れてくるのが鬱陶しい。しかし、これからしばらくは、金曜日夜のレッスンが入らないので、少々物足りない感じはあるけれど、気は楽になる。
それにしても、不況のために解雇された日系人の帰国助成事業には、ほとんど恥知らずと言って良いほどの行政の姑息さを感じる。安い労働力を必要とする時だけ受け入れを許可しておきながら、いらなくなったらさっさと目の前から排除して、行政としての責任逃れを図る「棄民的」なやりかたには呆れかえるばかりだ。貧すれば鈍すというけれど、この国の行政機構の底は腐り落ちて抜けてしまったのだろうか、と思う。
【09年7月13日】
日曜日。「レクイエム」本番の日。午後の演奏会なので、朝からの会場入りとなる。9時集合、声出し、調整レッスンの後、11時から本番直前の舞台練習(ゲネプロ)。1時間半近くの練習となる。ずいぶん念入りのゲネとなる。女性陣が男性陣をコの字型に囲むような布陣?で整列。今回初めて、最前列で唱うことになる。ゲネプロを終え、遅い昼食をとり、着替えを含めて、1時間ほどの休憩。軽い食事を終えると、楽屋を出て廊下で、ひたすら楽譜を眺める。まだ数カ所、不安な部分があるので、ともかく時間が許す限り、暗譜に勤めることにする。1時半過ぎに小ホールに集合。本当に最後の練習を済ませて、出を待つことになる。
幕間の休憩時間を終えて、会場へ入場。照明が眩しいステージに立つ。ほぼ満席状態。来て頂いた人達の席は、ホール1階の最後尾に近い所にあり、その姿を探すけれど、分からない。楽団員が入場し、音を合わせ、その後指揮者とソリスト4人が登場して、会場の照明が落とされ、やがて演奏が始まる。
最初にブラボーの声を上げてくれたのは、どうやら体調の関係で途中退団をさせたM氏のようであった。大病をされたけれど、その後幸いにも回復され、昨年の第九には参加されたのだけれど、半年間にわたる長丁場の今回の合唱は、無理だったようだ。大汗をかき、聴衆の方達の拍手に送られて(これがミューズ合唱団の恒例行事のひとつになっているのだけれど)退場。楽団員の控え室を通って控えの小ホールに帰るのだけれど、その途中、ソリストや京響の方達から合唱団員に声をかけられる。
小ホールで解散式を終え、着替えを済ませて外へ出ると、いつものメンバーが待っていてくれた。まだ日が高い中を、二次会の「出町かんから」まで、ぶらぶらと歩く。
かなりハードな半年だったけれど、なかなか良い終わり方をしたと思う。
聴きにきてくださった方達に感謝します。
【09年7月11日】
前回、七夕の日に触れた中庭の篠竹の藪が、その痕跡も残さず、きれいさっぱり切り払われていた。一体どうしたことなのだろうか。30周年の記念行事で、庭の改修をするとか、しないとかの話があるらしいと、聞いていたのだけれど、その関係なのだろうか。それにしても、涼しげに茂っていた笹藪を全く無情にも切り払うとは、どういうことなのだろうか、と思う。そう言えば、前の学校でも、毎秋綺麗に黄葉していた校庭脇の銀杏の木を幾本も、落ち葉と日差しの関係から、胴体部分を途中から切り残して、一本の丸太ん棒みたいに剪定した出来事があったけれど、ずいぶんデリカシーのないやり方だと、憤ったことを思い出す。
忙しい一週間が終了。授業とテスト処理の平行作業が結構疲れる。そこに、本番間近の歌の練習が食い込んできて、さらに風邪の気が一向抜けず、練習自体がままならない有様というストレスの多い事態となる。
とは言いつつも、明日が本番。今日は、午後から京響のレッスン場で、最初で最後のオケ合わせ練習。何とかしなければ、と思う。
朝5時から「歩き」。疲れているので、遠出は中止。近隣を1時間ほど歩く。天気は、曇り気味。次第に天気は下り坂になりそうである。帰宅後は、ゴミ出しやら、洗濯。朝食は、手抜き。コーヒーだけは湧かす。風邪薬を飲み、午前中は休息。ちょっと歌の練習もしなければならない。
『鼎座』11号は、印刷所に原稿を回す。7月中の出来るだけ早い時期に刊行できれば、と思う。
【09年7月7日】
七夕の日。3年生の授業に行くと、生徒が使い古しの紙類をくるくる丸めて細い筒のようにして、それを幾本も繋げて、簡易「七夕笹」(どうにもそのようには見えないのだけれど)を作って、テープで黒板の脇に固定している。短冊は、ルーズリーフを縦長に切ったもの。綴じ込み用の丸い穴を、筒に通すと短冊の紐が必要ない、というアイデアである。私にも、短冊を一枚くれたので、受験の成功を祈って一筆書く。
そう言えば、担任をしていた頃は、前日の内に笹と短冊を調達しておいたものだった。七夕は、生徒の乗りの良い行事のひとつだった。中庭の一角に小さな竹藪があって、篠竹が群生しているのだけれど、何となく一日気にかかる。
月曜日で期末考査は終了。平常授業に戻る。既に採点は全部終わっているし、ノート検査、感想文の評価付けも済み、一気にすべて返却する。ついでに、授業前の朝の時間に図書館報用の読書案内の一文を書く。看護関係の本についての、紹介文。良い本だった。
夕方、6時過ぎに退勤。夕食は、早めに帰宅した甥が作ってくれているというので、ちょっとだけ買い足しして帰る。
風邪気がまだ少し抜けない。少々鬱陶しい。今日も、歌の練習を少しして、早めに休むつもり。
アメリカ留学から帰って来た姪が、現在帰省中。七月中に免許を取ると頑張っているらしい。今日は、夜スカイプが繋がる。少し話をする。ずいぶん元気そうである。
コンサート終了後に二次会向けに、目星を付けておいた店に予約の電話を入れる。
大量の洗濯物を夜濯ぎ。外に干すと雨の怖れもあるので、部屋干し。買ったばかりのエアコンが威力を発揮してくれそうである。
何とも、長閑と言えばのどかな一日であった。
【09年7月5日】
体調は、今ひとつ。風邪気が抜けない。旅の夢を見る。バスで半島まで行き、半島の突端から船に乗り換え、そこからまたバスに乗って、別の半島から内陸まで。バスの終点地点から同じ行程を引き返していく。ただ、夢はその途中、半島の船着き場に到着するまでに醒めてしまったけれど。旅の中身は、どうやらパックの観光旅行のようだ。同じメンバーが最初から最後まで登場している。何故か、そのメンバーの一人、60代くらいの白髪・小太りの男性から、自分が監修したという小型の歳時記を売りつけられ、それを購入したのを憶えている。
夜中に何度か目を覚まし、喉が痛いのでうがいのために台所へ行き、蒸し暑いのか、微熱のせいなのか、寝苦しいままにしばらく岩波新書など読んだりもする。朝、6時過ぎに起床。朝食をつくるのが面倒なので、起き出して近所のコンビニにサンドイッチを買いに行く。ついでに、卵や野菜サラダなども購入。朝食は、そのサンドと牛乳、チーズ一かけというところ。体は、だるい。昼間で休んで、午後は練習に行かなければならない。昨夜は、そのために、1時間ほどベットの上で、「レクイエム」の不十分なところをさらう。暗譜までは無理だったけれど、ある程度は歌えるようになる。
昨日の内に、村上春樹の新作を読了する。終わり方に違和感が残る。もう少し、考えてみようと思う。
杉浦氏から『quatre』NO28を送っていただく。1年ぶりの刊行とのこと。奇しくも『鼎座』編集が終わった日に到着するとは。今号のテーマは「2009」とのこと。折しも読み終えた新作のタイトルが「1Q84」だったし、妙な符合を感じる。作品は後記に当たる部分で中田氏が触れているように「極めて個人的・日常的なところに集中」というもの。恐らく現在の俳句実作のスタンスはその辺りからという全体状況の反映なのであろう、とこちらも納得する。「厄払まなじりに傷残りけり」杉浦圭祐。今号は「厄払」の話題が多かったですね。「始業ベル廊下に響き若葉風」金山桜子。「山頂に魚の化石青葉潮」中田美子。「ジュピター白シャツ乾き損ねたる」上森敦代。
今週の「週刊俳句」。藤田哲史・生駒大佑両氏の作は面白かった。「週刊俳句」掲載作品としては、比較的オーソドックスな作風の2作ではあったけれど。このくらいの密度を持った作は、さすがに読み応えがあった。
【09年7月4日】
土曜日。夏風邪気味。市販薬を飲んで、一日自宅籠もり。
『鼎座』の編集作業終了。印刷所へ電話をするが、通じず。週明けに連絡することになる。『後記』をどう書くかで、毎回困る。午前中一杯かかって書き上げる。わずか、数百字の『後記』なのだが。10時過ぎ、甥が起き出してくる。肩が痛いという。湿布薬を渡す。昼は、ピザを注文して食べる。たまに食べると美味しい。ただ、ずいぶんカロリーが高いことだろうと思う。
金曜日。体調不良のため、「レクイエム」の練習は欠席。簡単な夕食を終えて、薬を飲んで横になったなり、眠り込んでしまう。甥は随分遅くに帰宅したらしい。夜中に目を覚ますと、シャワーを浴びたあとの換気扇が回しっぱなしになっていた。夜中に2時間ほど、村上春樹の新作の続きを読む。面白い。空腹を感じたので、ホットミルクをちょっと飲んで、寝る。妙な夢を見るが、もうその内容は憶えていない。犬が出てきたように思うのだが。6時過ぎまで寝る。
天気は悪くないけれど、体のことを考えて朝の「歩き」は中止する。簡単な朝食を済ませ、洗濯2回。ベランダに干す。雨は多分大丈夫だろうと思う。
午後は、休もうと思う。どうやら甥も一日休養日らしい。
明日は、「レクイエム」の日曜レッスンがある。休む訳にはいくまいと思う。体調が回復することを願う。
【09年7月2日】
昨日から、期末考査。すでに担当教科のすべての試験を終え、採点まで済ましてしまった。その分、きっちり疲れている。昨日、今日と浅酌の後、夕食。甥は、今日が本番ということで、帰宅は遅くなりそうだ。一昨日、昨日、今日とその姿を見ていない。完全に時間帯がずれている状態だ。出勤時は、甥はまだ寝ているし、仕事を終えて帰宅した時はまだ練習のため大学に。こちらは早めに就寝するので、寝入った頃に甥は帰宅する。朝、朝食の準備は私がするので、帰宅したとき、冷蔵庫に入れて置いた朝食がなくなっていることで、所在を確認したりするわけだ。姪は、米国留学から帰国後、東京。新たに下宿先を探しているらしい。
すでに7月に入った。半年が終わったわけだ。『鼎座』の原稿もやっと揃ったので、近日中に印刷の方に回せそうだ。季刊というより、年2回というペースになりそうだが……。
ともかく、もう眠い。まだ8時前なのに困ったものだ。このあとは、ちょっと「レクイエム」の自主練習をしなければ、本番が覚束ないのだけれど、果たして気力が保つかどうか。村上春樹の小説も、第2巻を四分の一ほど読み終わって、なかなか面白いので、引き続き読みたくもあるのだが、果たして、起きていられるか、どうか。
昨夜、エアコンをかけっぱなしで眠り込んでしまったせいか、少々風邪っぽくもある。一日体調が今ひとつで、職場で風邪薬をもらって飲んだりして済ましていたのだが、まだ喉痛と鼻水が治まらない。なんともはや、というところである。