日記のようなものを書いてみようかな、と思いました。
備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、という事です。 一人言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さい。 |
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【09年5月31日】
土曜日、午後。腹痛が治まらず。買い物にでかけていて、途中で引き返す羽目になる。念のため帰宅後体温を測ってみると、熱がある。熱があるから、腹の状態が悪いのか、状態の悪さが発熱につながったのか、分からない。そのまま、横になり、休む。
横になったままで、過日俳人の○さんから送っていただいた『旬の菜時記』を読む。句と、大石・茨木・宇多三氏のエッセイと、句材となった惣菜の写真とさらにそのレシピと。至れり尽くせりという内容の一冊であった。何品か自分で作ってみようかと思う。
夕食は、外出していた甥に買ってきてもらったものを食べて終わる。夜になって、どうやら腹の状態も落ち着き、熱も下がってきた。
筒井康隆の『壊れ方指南』を読む。昔ほど壊れていないな、というのが感想。この作品は、以前読んだことがあるという気になった作が幾つかあった。
日曜日。5時起床。雨の音がする。今日は、「醍醐会」の日。ゲストを招いて、美術関係の話を聞くことになっている。体調は、持ち直したようだ。
著作を送って頂いた方に、遅ればせながらのお礼状を書く。すぐに出せば良いのに、なんとなくまずちゃんと読み終えてから、みたいな気持ちがあって、ついお礼状が遅くなってしまう。言い訳、だけれども……。
今日で、5月も終わる。
【09年5月30日】
しんどい1週間が終了。その負担感のせいか、後遺症の腹痛は、昔ほどひどくはないけれど、結局1週間毎朝続く。ただ、水をかなり多めに飲んでおくと、やがて治まるようなので、それで対処する。毎朝の駅から職場までの「歩き」が、今週はバス通勤に代わったので、7時過ぎには職場に着き、仕事を始めたりしている。ただ、一日1万歩歩くノルマがなかなか達成しづらいので、夕方の静まった校舎内を1階から4階まで歩いたりして、歩数を稼いだりもする。
金曜日、夜。8時過ぎにレッスン会場へ。今日は、不思議に喉の調子が良かったのに、唱う時間が短くて、残念であった。ただ、気分転換には唱うことは最良のものかもしれない、と思う。会場の受付テーブルに、指導の先生の創作オペラのチラシが置いてあった。『秀とカッパの笛』という作品。9月12・13日は、京都会館で上演されるそうだ。合唱団の団員の方の中には、出演される人もおられるらしい。
土曜日。5時から「歩き」に出る。腹具合は、少々怪しい(結局、いつものコースを短縮することになってしまったが)。町中を抜け、竹林に入ると、竹の秋を終えた緑のさやぎが明るく美しい。時折、鶯の遠音が聞こえる。道ばたに、ヘビイチゴの赤い小さな実が実っているのに気づいたりする。途中に一本有る山桜の巨樹の青葉のあわいに小さな実が覗いていたりもする。
『蕩尽の文芸』読了。ここしばらくは、ほとんどこの1冊を読み続けていたように思う。14字短詩の話も、このような流れの中で生まれたものなのかと認識を新たにする。以前小池氏の句集を邑書林の「セレクション柳人」の1冊で読んだとき、その最後の方にまとめて収載されてあった14字詩に目を引かれる思いがあったのだが、今回この評論を読んでなるほどと思うところがあった。
村上春樹の新作が出て、すでに60万部以上も売れているらしい。大型書店ですら、書棚に肝心の本が見あたらない状態とのこと。「1Q84」を「IQ84」と勘違いしたテレビの出演者もいたりして、なんとなくこの先あちこちで話題が盛り上がりそうな1冊である。沈静化した頃に読んでみようか、と思う。
【09年5月27日】
午前中、校務。午後、出張の三日間が終了。今夜は、持ち帰った中間考査のテストの採点。明日には返却しなければならない。負担がかかっていたせいでもないがろうが、今朝は後遺症の腹痛が普段よりもきつくて、かなり閉口する。とは言いつつも、出張自体はさほど嫌ではない。特に、今回のような企業訪問については、普段使わない神経を使う点は負担だけれど、いつもは聞けないような話などを聞く機会でもあり、その点は面白くはある。とは言っても、今回は重い話、耳の痛い話が続いて、やはりしんどいことではあったのだけれど。
小池正博『蕩尽の文芸』読み進む。大変、面白い。川柳について、このように深く触れていると思われる評論をまとめて読んだのは(『セレクション柳論』はあったけれども、ちょっと網羅的であった)初めてであり、また何人もの個性的な柳人たちの人物と作の紹介と、さらに各自の句作理念の分析の緻密さに感心した。よくもまあ、これだけのおそらく膨大な作・資料を読み込んでおられるものだ。
【09年5月24日】
5時起床。軽く「歩き」に出ようとしたが、生憎雨がぱらぱら降り始めたので、やむなく中止。6時前に、朝食を食べる(普段通りではあるが)事になる。
午前中、思うところがあって、句作。あれこれ考えながら作るのは、なかなか楽しい。
雨の予報が、幸いに外れたらしく、朝の小雨以来天気が回復気味なので、改めて「歩き」に出かけることにする。足を延ばして、京都市内まで出ることにする。地下鉄四条駅で下車、二条城まで歩き、観光客で賑わっている(のだろうか、観光バスは数台駐まり、観光客が切れ目なく入場している)のを横目で見ながら通過したのだが。それから、あらたに整備された堀川の河床の遊歩道をしばらく歩き、思いの外水量の多いのに驚いたりもしながら、今出川通まで行って、そこで東行して、新緑の京都御所に入る。日曜日にしては、ずいぶん人の姿が少ないと思う。やはり、新型インフルエンザの影響は大きいようだ。
予定の1万歩を少し越えるくらいで、「歩き」終了。再び地下鉄に乗って、帰宅する。少し汗ばむくらいの陽気であった。
読みさしの本をザックに入れ忘れていたので、やむなくたまたま入れてあった白川静著『孔子』を往復の車中では読む。巫女の息、下層民の出身としての孔子という観点での孔子伝だそうだ。
【09年5月23日】
土曜日。天気は回復。2週間ぶりに、丘陵地歩き。厚く積もった竹落ち葉が、昨夜の雨を吸って、ふわふわ状態である。時折、鶯の声が聞こえる。そろそろ竹秋の時期も終わりなのだろうか。真っ直ぐ伸びた竹幹の緑が、鮮烈な印象を与える。
昨日は、ミューズの練習。こんな時なので練習があるかどうか、事務所の方に事前に問い合わせると「ある。」ということなので、京都市内まで出かける。途中からの参加になったのだが、歌を聴いて、かなり驚く。ずいぶん上手くなっているのだ。先週1回休んだので、2週間ぶりとは言え、その前のレッスンの時と比べ、1ランクも2ランクも良くなっている。一体どうしたのか、もしかしたら会場の響きのせいか、などとまで考えてしまったけれど、実は先週土日の京北町での合宿の成果だったのだ。一皮剥けた合唱に変貌していた、というところだ。にもかかわらず、サンクティス・終曲などは、まだまだ曲になっていない(こんな事を書いている私自身、何度も「モツレク」は歌ってきたにもかかわらず、この「レビン版」は難しくて、全く歌えない有様なのだが)状態である。残る3回の練習の後は、高関氏の指揮者練習が控えている。
白川静『漢字』引き続き読む。柳人の小池正博氏から新著『蕩尽の文芸』(評論集である)を送っていただく。読み始める。俳人のOさんからも、共同執筆による『旬の菜時記』を送っていただく。俳句と料理のエッセイ集。なんと、料理はレシピ付きであった。さらに、ミューズレッスンの帰りに立ち寄った書店で、筒井康隆の新作『壊れかた指南』を発見、購入する。さらに数冊、読んでみたい本があって、なんとも贅沢なことである。
金曜日より、試験週間に入る。早速、1科目修了。夕方までかかって、採点を終える。本当に集中力が継続しなくなった。他の仕事を適宜挟みながら、採点をしないと、辛い。来週も月・火・水と試験が続く。その間、午前中は校務、午後は3日とも出張が入る。なかなかしんどい。
【09年5月20日】
滋賀県でも、インフルエンザ感染者が出たという。大学生で、しかも、一日授業にも出席していたということなので、そこからの新たな感染者も出る可能性があることだろう。京都でも、南部地域で疑わしい症例の人が出たらしい、という話を聞いた。発症者には気の毒な事であるが、なんとも鬱陶しい話ではある。
ここ二日ほど、いつもよりさらに早く出勤。忙しい。職場に着くと、早朝練習のクラブ員と顧問の先生の姿くらいしか見えない。パソコンを立ち上げて、仕事にかかる。
明後日から中間試験で、試験問題作りやその印刷などが授業に絡んでくる。企業訪問の連絡などもしなければならない。アポをきちんと取らなければならないので、電話で何度かのやり取りをしなければならない時もある。時間など関係無しで、進路部にかかってくる電話と来訪者の応対は、仕事を中断しての対応になるので、内心かなりむかつく時もある。そんな事を考えれば、きちんとしたアポ処理の大切さを思う。ただ、特に新たな情報を準備してくるわけでもなく、定期的な訪問のようにやって来る一部の学校に対しては、正直いい加減にしてほしいと思う時がある。
夕方に、ある出来事があって、ちょっと緊張して帰宅。ただ、どうやら何事もなく過ぎたらしい。
白川静『漢字』を読み進める。どんどん読める内容の本ではないので、一日3〜4ページくらいのペースで、読む。漢字に内蔵する古代社会の様相が、難解ななりに面白い。
【09年5月17日】
日曜日。朝から、雨もよいである。とは言っても、早朝はなんとか降らずに保っていたので、1時間ほどマンション周辺を歩く。近所の中堅企業が、敷地を移転して、残っていた5階建てほどの社屋が、完全に撤去されていた。跡には、数台の大型重機とコンクリートと鉄材の山があるばかりである。
寝室のテレビは結局近所の大型小売店で買うことにする。京都駅前の大型電器店を2軒歩いて見たけれど、値段的に今ひとつだったので、そのように決めた。20インチの液晶テレビ。地上波は当然のこととして、BSなども見る事が出来る。
神戸・大阪方面で、とうとう豚インフルエンザの感染者が出た。ちょうど、昨日・今日と高校総体で高校生があちらこちらに移動しているので、さらに感染が広まらないか、気懸かりである。甥の大学は大阪なので、通学用にマスクを購入する。ついでにうがい薬も買う。本人は、今日は一日部屋籠もりである。
昨日は、丹後「すき句会」。珍しく、指定席は満席状態であった。グリーンの窓際一人席を取って、ゆったりと丹後まで。丹波の隆起準平原一帯は、新緑が濃い。
句会は14名参加。兼題「花・桜」、席題は「青嵐」。多彩な作品が投句されていて、なかなか面白い句会であった。
帰りの車中は、いつもの通り。車窓から外を見ながら、昼が長くなったと思う。京都駅に着いた頃には、少々酔っぱらった状態であった。駅前の電器店とさらに駅裏の電器店を回ってから帰宅する。飲み過ぎ(と言っても、350ml缶ビール3本ではあるが)のせいか、頭がふらふらする。即、就寝。
【09年5月15日】
13日。プロバイダにきちんと繋がらなかった原因が判明。料金滞納により、危うく契約停止になる直前の一事態だったのだ。料金を払ったつもりで、そのまま放置した形になっていたのが、14日に機能停止処置をとられる前日として、プロバイダに繋がらない、それゆえホームページの更新が出来なくなったという事態に至っていたというわけだ。幸い、しばらく原因を考えていて、もしやと思い、プロバイダからの料金請求書類を探してみたら、13日が停止前日、しかもあと数時間で、その当日になるということが分かり、いそいで近所のコンビニにその請求書を持って走り、無事料金を支払って、その翌日14日には、プロバイダとのアクセスが回復ということになったのだった。
15日。今週は、出張の日を除き、連日11〜12時間勤務で、疲れる。15分程度の昼食時間を除き、事実上休息も休憩もないのが、教員の勤務実態なので、7時半には仕事を始めて、ちょっと仕事が詰まると、簡単にそんな状態になってしまう。疲れる。
今日は、ミューズのレッスンの日だったのだが、時間的に遅くなった上に、少々疲労感が募っていたのでやむなく、お休みとする。出来合いのもので夕食を済ませ、その後1時間ほどさらに持ち帰り仕事をして、どうにか一区切り。もう休もうと思う。
明日は、丹後の「すき句会」の日。一日、丹後で過ごすことになる。天気があまり良くないらしいのが、残念である。
【09年5月13日】
寝室に置いてあったテレビが見られなくなった。昨夜は、ちゃんと映っていたのだが、どうしたことだろうか。ブラウン管がおかしいわけでもないようなので、アンテナ関係がおかしくなったのかもしれない。とは言え、すでに、10年くらい見ているテレビなので、そろそろ限界がきたのかもしれない。10年といえば、同じくらい使っていた炊飯器もとうとうお役ご免となった。母の日の花のプレゼントのお返しで、実家から炊飯器を送ってもらったのだ。昨日、初めて使ったけれど、炊きあがりがふわりとやわらかそうであった。
突然、居間のエアコンから埃状のものが降り始めた。これまた10年以上使っていたエアコンで、たまに掃除などしていたのだが、それでは不十分だったらしい。仕方ないので、エアコン掃除用のスプレーを買ってきて、吹き付けたりもしたものだ。
本日は、久しぶりの出張で、2時過ぎに職場を出て、京都市内へ。5時半に仕事を終え、ついでに電器店にテレビを見に行ったけれど、思った以上に高かったので、どうしたものかと考える。地デジ対応の液晶でそこそこ画面が綺麗であれば、と思う。近所の大型小売店に夕食の食材などを買いに行って、思いついて電気製品売場に行ってみたところ、そこそこの性能でそこそこの値段の液晶テレビが何台か並んでいた。買い換えるとしたら、ここでもよいかな、と考える。夕食のおかずと、エアコンのスプレーなど買って帰る。
甥は、今日は新入生歓迎会だそうで、はたして何時に帰って来るか、そもそも帰ることが出来るのか、分からない。
松岡正剛著『白川静』読了。白川静自身の著作を読んでみたくなり、図書館で『漢字』『孔子伝』『文字講話T・U』など借りる。それらをザックに詰めて出張に出たのだが、意外と重い。車中で、『漢字』を読み始める。
そう言えば、日曜日に『駅美術館』に漫画家高橋留美子展を見に行った。大変な人出で、ゆっくりじっくりと見ることは叶わなかったけれど、懐かしい漫画の肉筆原稿などを見る事が出来た。帰りにまだ読んでいない「人魚シリーズを2冊買って帰る。。
【09年5月10日】
日曜日。午前中は、持ち帰り仕事。昼前までかかって、ともかく一仕事終える。疲れる。
甥は、朝から大学へ。曲の合わせがあるらしい。朝ご飯を食べると、さっさと出かけてしまった。
昼過ぎまで良い天気だったので、洗濯物と、二人分の布団や毛布などをベランダに広げておく。午後になって、少し雲が出始めたので、寝具類は取り込んでおく。
行きたいところがあるので、昼から出かけるつもりでいたけれど、少々気持ちが萎える。昨日、歩いたあとで、右の足首が痛み出して、湿布をしたりしていたのだが、まだ少し鈍痛が残っているようだ。歩いている最中、ちょっと足をぐねったのが影響しているらしい。
松岡正剛著『白川静』を読み始める。
【09年5月9日】
5時前、起床。「歩き」に出る。久しぶりに、丘陵コースを歩く。昨日の雨が濡らした笹落ち葉を踏みながら、歩く。頻りに鶯の声がする。竹の直幹を透かして、筍掘りの人の姿を見かける。柄と歯の長い専用の鍬を杖代わりに片手に持って、急斜面を登って来るのを遠目に眺める。下の方の、細い道に、ライトバンが駐めてあるのも見える。
竹林から住宅街へ入る。頂稜部の平坦地である。犬の散歩の人以外に、人通りは少ない。家々の背後に、墓陵の広大な新緑の森が広がっているのが望める。
3時間余りの歩きの後、帰宅する。朝食後、持ち帰り仕事。国語表現の作文添削。人数が多いので、午前中一杯かかって、終了。珍しく、お腹の調子がおかしくなる。別に、悪いものを食べたわけでもないと思うのだが。
金曜日。ミューズのレッスン。レヴィン版の「サンクトス」は、難しい。複雑で素早い音の変化に、まだまだまるで対応できない。結果として、合唱はぐちゃぐちゃ状態となる。今日が、初めての練習なので仕方はないのだが、それにしてもなかなか手強い。来週の土日は、京北町での合宿が予定されてあるが、その後の指揮者レッスンにむけて、そこがポイントになるのだろう。私は、参加できないのだけれども。それにしても、チケットはすでに残りが160枚ほど。西村氏の指揮の時を除いて、こんなに早くチケットが売れたのは珍しいことだ。
帰省中に、古本屋で見かけた結社「麦」600号記念の「現代俳句のすすめ」中村○(文字が見あたらない)雄の作品と評論集を読む。現代俳句に対する、中村氏の論考と7冊の句集からの作品抄出という内容。論は明快で、確かにうなずける部分は多々あるのだが、あまりに知性に重きを置く作句論に、少々違和感というより抵抗を感じる。現代俳句は、内心の風景を詠うもの、外部の風景を内部に取り込んで、知性による再構成を行ったものが作として1句の成立であるというあたり、分からなくはないけれど、実際にそのような操作を経て出来上がったとされる作が、あまり魅力的でないという点に、違和感を持つ。舌足らずの現代詩を読んでいるような感触が強いのだ。