日々録
日記のようなものを書いてみようかな、と思いまし た。             
備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、とい う事です。             
一人言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さ い。

      
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【13年9月29日】
金曜日、夜。
整理しておいたH社のアンソロジー用原稿を送る。近所の郵便局が本局にあたるので、遅くまで窓口が開いているのがありがたい。
200句と短文。新作でも良いとのことだが、すべて既存の作でまとめる。
土曜日。丹後「すき句会」の日。今日は、ザイラー夫妻のピアノ連弾コンサートの日で、朝の「はしだて1号」は満員。立っている人の姿も見えるほどだ。
胡麻駅からの指定席を購入して、自由席に乗り込む。幸い、座れる。岩城先生は、指定席に座れたようだ。
保津峡を過ぎ、亀岡盆地から先は、畦に咲く曼珠沙華が目に入る。必然的に、今日の句作は曼珠沙華に集中する。
福知山駅まで自由席に居座り、その後指定席へ移動。岩城先生と合流する。
由良川沿線には、過日の水禍の痕が今も残っている。
崩れた堤防、泥の入り込み、乾いた田、骨組みだけが残るビニールハウスなど、増水の凄さを目の当たりにした思いになる。
橋立駅乗り換え。普通車だけれど、おしゃれな車両「赤松・青松」に乗る。ちなみに「赤松」は指定席である。
テーブル席や窓に向いた座席、小さなカフェなども車内にある。
乗り鉄、撮り鉄の人は、ぜひ一度第三セクターKTRへ乗車しに来てください。
丹後大宮下車、いつもの食堂でブイヤベースを食べる。一月間が空いたけれど、やっぱり美味しい。
句会メンバーのエリコさんも、昼食を食べに来られる。
1時過ぎから句会。今日は出句数が増えて、8句となる(特選は3句)。
2ヶ月分の作品。なかなか面白い作品が多くて、選に迷う。
にぎやかな句会が終わったのは4時過ぎ。その後、マサルさんの心遣いのビールとおつまみをいただく。美味しい。
30分ほどの雑談の後、ノリコさんの車に乗せていただき、駅まで送ってもらう。
丹後大宮駅は、丹後国生誕1300年キャンペーンの一環なのか、あちらこちらにコスモスをはじめとして、たくさんの花が咲いている。
帰りの車中はいつものごとく、置酒歓談状態であった。
8時過ぎに帰宅。少々疲れたので、そのまま就寝。
日曜日、今日は午前中に大切な用事がひとつあり、午後からは「醍醐会」の予定。


【13年9月23日】
秋分の日。朝から「歩き」に出かける。近所をぐるりと一周し、コンビニで朝食を買って帰宅。
日差はまだ暑いけれど、陰ると空気の涼しさを感じる。
日曜日。午前中は、来客を一組迎え、応対。
午後は、H社から声をかけていただいたアンソロジー集のための文章の整理をし、作品をピックアップする。
夕方、神戸でHさんと出会って飲む約束になっていたので、出かける。
京都駅から新快速をつかえば、50分あまりで三ノ宮まで行ける。
神戸は遠い遠いと思っていたのだが、さほどでもない距離である。
尼崎をすぎ、芦屋、そして三ノ宮へと近づくにつれ、沿線の住宅がマンションを除き、ほとんど屋根に瓦を置かない住宅であることに気づく。
JR三ノ宮駅。広い通りが放射状(そんな印象を受けたのだが)に延び、雑居ビルや飲食店が密集している。
どちらに向かえばよいか、一瞬迷う。ともかく、見当付けた方に歩き出し、路上に出ている呼び込みの人に方向を尋ねたりしながら、20分ほど歩き回ったあと、指定の店にたどり着く。こじんまりとした、しかし感じの悪くない店であった。
そこで、柳人のHさんと、2時間あまり、飲みかつしゃべる。
料理の美味しい店であった。8時過ぎに店を出て、阪急駅で別れ、ひとりでJR駅まで戻る。
それにしても、人が多い。連休の二日目とはいえ、若い人たちを中心にして、たいへんな人出である。
JR新快速は、途中まで立ち乗りであった。
帰宅後、今評判のドラマ「半沢直樹」の後半を見る。
面白かったけれど、最後が主人公の出向で終わっていて、何となく中途半端な結末であった。一番の狸が頭取であった、というオチなのだろうか。
シリーズ2が、いずれ作られる、その伏線なのだろうかと思う。


【13年9月19日】
中秋の名月で満月の夕べ。
3年連続で、中秋の名月と満月とが重なったらしい。
この先、中秋の月と満月とが一致するのは8年後らしい。東京オリンピックの翌年である。
そのせいでもないけれど、駅まで歩く。住宅街を行くと、道の正面やや上方に赤みを帯びた満月が、ぽかりと浮いている。
そこだけが、まるで異空間のような印象を受ける。
そこの住宅地にすむ子供達が、表に出て、月を眺めてはしゃぎまわったり、写真に写したりしている。
子供でも、こんな月を見て興奮したりもするのだと思う。
面白い。
帰宅後、浅酌。
Aさんの評論集が邑書林から出版されるということで、ネットで注文する。
この人は本当にすごい人と思っているので、今回の俳句関係の評論集は楽しみである。
Tさんに電話を入れる。以前、主宰誌に掲載していただいた文章を、別の書籍に転載させていただく了解のお願いの電話。快諾していただく。
Hさんからメール。今月末の『醍醐会』は欠席とのことで、残念である。前日に、ご本人にが関わっておられる『川柳カード』の大会が開催されるということで、お忙しいようだ。
頑張っておられるな、と思う。


【13年9月16日】
3連休。所用で帰省する。
いくつか用事を済ませ、帰京する当日になって、台風18号の余波で、交通がややこしいこととなる。
在来線、そしてどうにか復旧した新幹線乗り継ぎで、いつもと比べ、ずいぶん時間をかけて、先ほど帰京する。
居住地周辺は、幸いなほとに特に台風の影響はなかった。。
郷里は、台風の進路からはずいぶんはずれているので、夜間の強風とさほど強くはない降雨程度ですんだ。
朝になると、急速に天気は回復して、やがて青空がひろがり、良い天気となる。
とはいえ、テレビのニュースが映し出す嵐山の惨状はすさまじいものであった。渡月橋が水流に呑まれそうな有様で、中州一帯は水没状態となっていた。
普段ならば、おそらく3連休最終日として、たくさんの観光客が初秋の嵐山の風情を楽しみ、散策をしているだろう場所が、茶色の濁流の下にあるのは、思いもかけないことだった。由良川方面も冠水した地域があるらしく、丹後に向かう車中から毎月のように眺めていた由良川水域がどうなっているのか、気がかりであった。


【13年9月11日】
昼間はまだ暑いと感じるけれども、朝夕は涼しくて気持ちが良い。
朝、通勤途上の住宅地内で、つくつくほうしの鳴き声を聞いた。
最初は、「つくつく」で中断したものの、しばらく間をおいて、「つくつくほーし」と、鳴き始め、鳴き終えた。
どこの木で鳴くのか、ぐるりと眺め渡してみたけれど、分からなかった。その後、鳴き声は途絶えてしまった。
同じ住宅地の中で、赤とんぼが地上1メートルくらいのところを飛びすぎるのにであったりもする。
このあたり一帯は、さほど遠くもない昔に、蓮見で有名だった大きな池の一部であったのだろうか。あるいは、その水辺からつづく荒蕪地であったのだろうか。
宅地は、わずかに西の方向に向けて傾斜地になっているような気がする。
稲田の間を通り、小さな川を渡ると、ほどなく職場に到着する。
まだ早い時間帯なので、クラブの朝練のために登校した生徒の姿しか見あたらない。静かである。
ここ数日は、香山リカ著『いまどきの常識』を読んでいる。
現代社会において、それが当たり前(というか、常識として流通している)と考えられている様々な見解に対して、筆者なりのアプローチの中で、内包する色々なひずみや歪みがあぶり出されてくるという内容。それが、はやりの「常識」であるだけに、多くの反発も生むのかもしれないけれど、私は比較的すんなりと筆者の見解に同意できることが多かった。
ちなみに、どのようなことが話題とされているかといえば。「結局、お金がものをいう」「現実には従うしかない」「自分らしい仕事をしよう」「ゆっくりしたい、ラクしたい」など、など。


【13年9月8日】
今朝未明、2020年東京オリンピックの開催が決定された。
日本で開催される2度目のオリンピック・パラリンピックである。
ちょっと楽しみのようでもあるが、手放しで浮かれ騒げない様々な問題を抱え込んだ中での決定でもある。
華やかで大きな行事のビジョンの影で、様々な問題の目隠しに利用されないことだけは願っている。
NHKの朝の連続ドラマ「あまちゃん」は、私もファンの一人で、平日に見ることはできないので、土曜日にBS3チャンネルでまとめて視聴している。
ドラマの舞台が東北太平洋岸の鄙びた漁師町であったことで、最初から3.11の東日本大震災もドラマの展開の中に織り込まれてあったようだ。
今週は、その震災とその後の復興が舞台の町に焦点を絞って描かれてあった。
ヒロインの友人の子が、上京する途上で震災に見舞われ、先週のナレーションからもしかしてその子も被災し、亡くなってしまうのではないか、とどきどきもしていたのだが、それはなかった。けなげさと傷つきやすさの同居するその子は、個人的にはヒロイン以上に魅力的だったので、ほっとしたりもしたものだ。
その小さな町とそこで暮らす人たちは少しずつ日常生活を取り戻してゆくようであるが、海につながる人たちの物語ではありながら、注意深く原発と放射能の問題は避けられてあったものだ。
日曜日。朝から雨である。秋霖前線のせいなのだろう。暑くないのはありがたいけれど、少しは青空を見たいものだ。
土曜日。午後半日を音楽を聴きながら、句集を読んでいた。
音楽は、以前所属していた合唱団の録音テープ。20年近く参加していた夏の合唱や、年末の「第九」である。
素人集団の合唱団ではあるが、近年目に見えて演奏のレベルがあがり、毎回歌うのが楽しみであったけれど、その総決算のような演奏会の後、事情があって離れることになったものだ。そんな過去の演奏を聴きながら、改めて合唱は良いものだと思ったりもする。
そういえば、先日その合唱団から年末の「第九」に参加しないか、との勧誘の電話があった。団員数がかなり減っているようである。
そんなテープの中に、なぜか小学校時代所属していた器楽合奏団の数年分の演奏をまとめて記録した1本がまじっていた。その1曲に、自分も参加した演奏が残っていて、それを聴いてみたりもした。そのときは、チェロを担当していたのだが、その演奏がしっかり残っているのが楽しかった。いまでも演奏の一部のチェロの指使いはかなり鮮明に覚えている。


【13年9月5日】
朝夕は、初秋らしい涼しさで、気持ちが良い。
昼間も、日差しは強いけれど、風は明らかに秋の風である。
現在、文化祭のまっ最中で、前庭に設置されたテント内で受け付け当番を勤めながら、涼しい風に吹かれたりする。
蝉の声は、すっかりおさまってしまった。
朝、通勤途上の田圃では、稲の花を確認しないままに、すでに受粉が終わったのだろうか、稲穂が垂れはじめ、日ごとにすこしずつ重さを増しているように思われる。
『続・暴力団』読了。図書館になぜこのような種類の本があるのかと思いつつ、正編の『暴力団』を借りようとしたら、入れてないということであった。
「暴排条例」施行後、大きく変質した暴力団の姿や、その変化に有効に対応できない警察の体質、なにより「条例」施行後、一般市民が暴力団と直接対面しなければならないという異常な状況がもたらされたことなど、重い事柄を扱った内容の本であった。
飯田泰之『思考の型を身につけよう』、香山リカ『若者のホンネ』を、返却のついでに借りる。飯田氏の方は、前から気になっていた内容の著作なのでこの機会に借りる。香山氏のほうは、これも以前からこの人の臨床心理学関係の本を読んで見たかったのでかりることにしたものだ。香山氏の方は、帰りの車中で読み始めるが、若者の現状とその心理学的背景のようなことに触れたエッセイ風の読み物であった。面白い。
繊細で、しかしある意味したたかな若者の姿がほの見えるように思ったものだ。