日々録
日記のようなものを書いてみようかな、と思いました。             
備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、という事です。
独り言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さい。

         
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【22年10月29日】
初冠雪の報道もあった、晩秋の一日。久しぶりに、山歩きに出かける。峠を往復する、負担の少ない山歩き。紅葉の進んだ山道をどんどん歩き、急登を終えて、さらに岩がごろごろする道を登っていくと、やがて道が不明瞭になってゆき、ついに熊笹の中に道が消えてしまったようになった。熊笹の深さで、道がはっきりわからないせいかと思い、さらに前進して、断続的に踏み痕らしきものをたどっていくうちに、完全に道が消えてしまった。前方には熊笹と小灌木とが、ブナの木々の間をみっちりと埋め尽くしているような状態。途中で、本来の登山道から外れてしまったのかと思い、斜面に沿って右方向へ移動し、思わしくないので左方向に引き返す。いずれの方向にも道らしきものは見あたらず、引き返すという状況でもあるまいと思って、前方に尾根境が見えたので、そこまで登ってさらに前方の様子を見渡そうとする。木々の間に、本来向かうはずだった方向にあるいくつかのピークが望まれたので、方き的には前進すれば良いようだったけれど、今自分が立っている尾根境は、目的地に向かって急速に切れ落ちているような様子なので、引き返し気味に道が通っているはずの方へと下り始めた。ともかく、藪がひどくて、熊笹をなぎ倒すようにして後退し、これで転んだりけがをしたら最悪だと思いつつ、大汗をかいて斜行して山の斜面を下っていったら、やがて本来の登山道へと抜け出ることができた。広くて平坦な道が、何事もなかったかのように目的地へと延びていた。
何かに化かされたかのような気分だった。
あとは、紅葉の緩やかな登り道を、目的地の峠の避難小屋まで行き、無人のきれいな小屋で、行動食のスナックバーとナッツで腹ごしらえをして、20分ほど休憩。小屋周辺の写真を撮って、快適な道を下山する。
途中で、おそらく道を間違えたのはここ、という地点も確認出来て、自分の不注意さを反省する。
この一回だけで、今年の山行は終了かと思うと、少々物足りない。雪の前に、もう一か所くらいどこかに登ろうかと思い始めている。

【22年10月27日】
地元の山では、数日前に初冠雪のニュース。今日も、高曇りの空の下、頂上周辺がうっすらと白く見える。このまま、普通に降雪が続くようなら、今年の登山はかなり危うい。コロナで遠出しない状態が、常態になってしまったようで、ちょっと嫌だな、と思う。
やっと、小冊子を本日投函。おまけのミニ句集も。これでひと仕事終了。次の号は、来年早々ぐらいになるのだろうか。
毎日、なんやかやあって、気が付くともう27日。こんな調子で、毎日がどんどん過ぎていくようだ。
最近、ずっと寝付きにくくて、深夜ラジオをつけっぱなしで寝る。テレビのつけっぱなしは鬱陶しいけれど、ラジオは声や音楽だけなので、寝入る際にも妨げにはなりにくいような気がする。中身が面白くて、つい耳を傾けてしまう時もあるけれど。午後、しばらくはひどく眠くなる。昼寝すればいいのだろうけれど、なかなか寝付けないのは、夜同様……。
やっと大臣職を辞任したなあ。「記憶にない」は、政治家の使う常套句のひとつではあったけれど、そんな戯け言葉を聞かされるのは、やはり不愉快。傷口を広げての辞任というのは、二重にも三重にも見苦しいな、という感想を持ってしまう。
日中に、犬の散歩。普段は、朝夕にしか行かないのだけれど、今日は暑からず、寒からずの「小春日和」的(これはまだ、本来今の時期には使わないけれど)陽気だったうえに、実家に行ったら、犬が昼寝しているわけでもなく、『あー、たいくつだ』と露骨に表情をみせているので、その圧に押されて出かけることになった。昼の時間帯だったせいか、犬もひとものったりと近所を一周歩いてくる。朝の散歩の時もしたのに、ちゃんとウンチをしたのには感心する。

【22年10月21日】
日本の統一教会を見ていると、まるで蛸が自分の脚を食いながら、その命を食いつないでいるような姿を連想する。対外的に霊感商法が行いにくい状況の中で、外部の食料を求めるのではなく、教会員たち自身の身を食らって、組織が生き延びようとしている、そんな姿を思うのだ。しかも、教会員たちは、おそらくそんな自分たちの姿を、聖なる使命を全うしていると、ある種の宗教的酩酊状態の中で陶酔しているようなところがあって、それがいかにもカルトのカルトらしさなのだろうか、と遠く眺めたりしていることだ。
家族関係を重んじるらしい宗教が、その宗教ゆえに家族関係の崩壊をもたらしているという大きな矛盾。そういえば、「不条理ゆえに、われ信ず」的な言葉があったように思うけれど、矛盾や不条理の深淵をほとんど無条件に一気に跳び越えてゆく力が、信ずる力だとか……。信じる力は、さまざまな意味や価値を一気に無化してしまうのかもしれない。「人は、神の名において、もっとも残虐な行為もためらいなく行う」的な言葉もあったような気がするけれど、そんな「神」に憑りつかれた人たちには、人間世界においてもう恐れるものは、その「神」以外になにも存在しないのかも……。
そんなことを、ちらちら考えると、げんなりした気分に陥りそうだ……。

今日は、鰯雲の広がる空が、とても美しかった。

【22年10月18日】
キンモクセイ。今年は、二度咲きのようだ。9月中に一度咲き、風の強い日に盛大に花を散らして、今年は香る期間が短かったなと思っていたが、先日庭に出たら、どこからか良い香り。あれ?と思って、確かめてみると、庭の二本のキンモクセイがどちらも黄色い花をつけていた。一度目に比べると、花の数は少し少ないようだけれど、良い香りがあたりに漂っている。近所を歩いてみると、ご近所さんのキンモクセイも同じように二度咲き。この地域は、今年は二度香りが楽しめるようだ。
桜などで、時季外れに二度めの花を咲かせるのを「かえり花」と呼んで、珍しがることはあるけれど、キンモクセイの二度咲きも、天候によってはあるらしい。そういえば、数年前に一度同じようなことがあったのを思い出した。いずれにしろ、花が多いことは、結構なことだと思う。
午前中は、雨。午後になって、天気が回復して、雲の様子がうつくしい。秋は、空を見上げるにこしたことはない、と思う。オリオン座流星群も、そろそろ出現し始めているのだろうか。月が、次第に細くなっていくので、少しずつ観察の条件が整ってゆくようだ。

【22年10月15日】
『ジャン・クリストフ』の第一巻を読了。7月5日に読み始めて、ずいぶん、時間がかかったものだ。引き続き、第二巻を読もうとしたが、本棚に見当たらなかった。やむなく、古書で求め、今日送られてきた。第一巻は重複するので、本棚に収め、二巻を読み始める。本文は二段組で、活字が小さくてよみづらく、まとまったページ数の読書が難しい。二巻も、そうとうな時間がかかるだろうけれど、内容は夢中になるほどに面白い。
安倍元総理の県民葬が行われたらしい。妻の昭恵さんは、日数が経過するにつれ、夫の死を実感すると悲嘆の思いを語ったようだ。その悲しみの感情について、特に何もいうことはない。ただ、昭恵夫人の悲痛な思いを、それ以前に同じように味わい、その理不尽な死に対して、痛憤の思いをいだいた女性がもう一人いたことを、個人的には思わざるを得ない。真面目で謹直な公務員であった夫を、自死と言う形で失った女性である。マスコミと野党が、ことの真相を追い詰めた結果の死だ、などと露骨に責任転嫁を図った者たちもいたけれど、本当に責任を感ずるべき当事者は他にいたはずだ、と改めて思う。
安倍氏を殺害した人物には、いずれ法的な裁きが下ることだろう。それが、昭恵さんの慰みになるかどうかは知らない。けれど、もう一人の女性は、一番知りたい事の真相が隠蔽されたままで、うやむやに幕引きがはかられようとしているようだ。闇の深さを思う。

【22年10月9日】
「論破」で有名らしい「H」という人の、辺野古の座り込みについての書き込み。その中で、当人は「『効果がないことを辞めて、効果のあることをしよう』と、言い出す人が叩かれるのが日本しぐさ」と、自己の書き込みの正当性を語っているようだけれど、一般論としてはそれは不当ではないかもしれないけれど、それをそのまま機械的に個別の事例にあてはめた場合、時に違和感をもたらすケースがあるように思われる。辺野古の問題も、その一例にあたるように個人的には思う。その結果、彼の書き込みはある種のアジテーション効果を伴って、沖縄県民の相当数の意志の反映である辺野古移設反対という思いに対して、辺野古移設賛成派を勢いづかせることにつながっているようでもある。より有効な運動や体制の構築に対する提言ではなく、ほとんど思い付きに近いその場だけの発言のような印象を持ってしまうのも、彼の発言の舌足らずさによるもののように感じてしまう。なお、最初の「H」氏の言葉の引用について、一言添えるとしたならば、(今回については)「~と、無責任に言い出す人が叩かれる」というほうが、より現実に近いように個人的には思われる。。


【22年10月9日】
よくわからないけれど、「戦争」という状況の前提条件のひとつには(あるいは唯一のものかもしれないけれど……)「宣戦布告」にあり、それなしで戦闘行為が勃発した場合は、「事変」「紛争」などと呼ぶらしい。「戦争」とは別物として扱われるようだ。「専守防衛」を標ぼうする日本国としては、相手国の奇襲攻撃でもない限り、まず「宣戦布告」がなされて後、相手国が実際に攻撃を仕掛けてきた後、それに応戦する形で戦端がきられ、防衛としての攻撃が可能になる、という手順を踏む、ということなのだろうか。最近よく言われる「先制攻撃」というのは、「宣戦布告」がなされて後、当該国のいずれもが攻撃してもおかしくない状況において、先に攻撃を仕掛ける、という意味で使われているものなのだろうか。それとも、「宣戦布告」など関係ない、当該国が戦闘状況になり得るであろう、その可能性予測や判断に基づいて、武力を発動することをさしているのだろうか。あるいは、もっとややこしい状況や条件下において、なされうる行為なのだろうか、わからない。真珠湾の問題は、日本がことをなすにあたって、事前通告(これが「宣戦布告」にあたるのだろうか)を遅らせたこと(事後とはいえ、「事前通告文書」を提出したので、「事変・紛争」としては結局あつかわれなかったのか……?)で、日本の「奇襲攻撃」、通常の手順を踏まない、奇策による攻撃とみなされた、のであろうか。先日、たまたま映画『とらとらとら』を見ていて、ふと思ったこと。それにしても、きな臭い時代の到来。
ほりえもんが、ネット上で北朝鮮のミサイル問題について語っていたけれど、基本的にほりえもんは信用しないけれど、ただこの問題については、北朝鮮は日本など問題外、たた対アメリカを念頭にミサイル発射訓練を行っているだけ、それを日本ががちゃがちゃいうのは滑稽以外の何物でもない、的な内容。滑稽かどうかは保留にしておくけれど、少なくとも、国家間の明確な利害対立として、北朝鮮が日本単独を直接の敵対国としてミサイルを飛ばす(両国が戦闘状態に入る)ということは、ほとんどないのでは、と思う。先日の韓国のように、打ち上げ失敗で、事故としてミサイルが落っこちてくる可能性はあるにしても。両国間には、拉致問題という大きな問題が横たわっているではないか、という指摘もあるだろうけれど、拉致された人たちの救援に軍事力を介在させるという事は、声としてはどこかの時点であったかもしれないけれど、一向に全く実現されてこなかったことだし。もし、拉致問題解決のために、本気で武力による日本対北朝鮮の、軍事衝突がありうるとしたら、それはもっともっと前に起こり得たことのように思われるし、いまとなっては軍事力を持ち出して、拉致問題を解決するということは不可能に近いことでありそうだし……。ほりえもん的な狭窄した視野によるのではなく、東アジアの平和と安定のために、ひいてはその結果としての日本国の平和と安定のためにという大義名分が生かされるのであれば、ごちゃごちゃいうこともそれなりの意味や意義はあるとは思うけれど……。どうなんだろうか。


【22年10月5日】
10月に入って早々に、電線にずらりと並ぶ燕の姿を目撃した。一列にならぶ燕の数は、だいたい40羽ほどだったように思う。今から南へ帰っていこうとする集団なのか、それとも南へ向かう集団のひと時の休息の様子なのか、その判断はつかなかったけれど、いずれにしろ南帰する燕の姿は、季節の推移の一情景として、とても印象的だった。そういえば、玄関近くと裏庭のキンモクセイがいつのまにか金色の小花をたくさんつけていた。気が付いた日には、ほとんどにおいもしなかったけれど、その翌日から次第に匂い立つ状態となり、良い香りを楽しむまもなく、秋霖前線にともなう強風のため、一気に花が散って、雨に濡れた地面が点描のように黄色く染まっていた。これも、季節の移り変わりの一端なのだろう。雨が止んだあと、急に風が冷たさを増したのを感じたのは、今日の夕方のことだった。半日の風雨を境に、季節は本格的な秋に入ったらしい。
歌のレッスン。けっこう長い合唱経験を持つ我が身として、改めて一からのレッスンというのは、厳しい。発声法というものを、きちんとは知らないままで(合唱そのものは、楽しさに溢れているけれど、合唱の練習の際の声出しは、発声と言う点では、ほとんど有効ではないということを改めて知る)、過ごしてきたことがかなり残念。たとえ素人であっても、きちんと歌を歌うために効果ある練習は、一対一の対面レッスンしかない、ということも身にしみて知る。
ひさしぶりにJアラートが鳴り、テレビ画面はすべてそれ関係のものに変わった。空襲警報?まるで戦時下のような一時だった。実際の戦争を知っている母は、不愉快そうな表情でテレビ画面を見つめていた。ネット上では、とたんに核武装、核を含む先制攻撃の書き込みが一気に増えたようだ。相変わらずの罌粟畑の情景。