日々録
日記のようなものを書いてみようかな、と思いました。             
備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、という事です。             
一人言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さい。

04.10「日々録」 04.11「日々録」 04.12「日々録」 05.1「日々録」 05.2「日々録」

【4月29日】
「緑の日」。クラブ当番で、一日出勤。山楽部(「山岳部」ではない)は、学校集合で山へ行くようだ。バスケット部は、数校合同で練習試合の模様。バドミントン部も、午後はT高校と練習試合。夕方まで。試合結果は、こちらの方がやや優勢であったか。蒸し暑い一日だった。
岩城先生より着信あり。電話をかける。先日の件について、心配をおかけしたようだ。事情を簡単に説明する。その他に、幾つかの事について。
帰宅後、走る。日が落ちると、涼しく、走りやすくなる。貼り絵のような植え込みのツツジの朱が鮮やかだ。街路樹の新緑も爽やかで、気持ちよく走る。「緑の日」らしい一日の終わり方だ、と思う。


【4月25日】
土曜日。一日、自宅に籠もって本を読む。送って頂いた『運河』4月号。茨木和生氏の「羅漢」10句より、美味しそうな3句。「一汁といひ伊勢海老の出されたる」「油抜きしたる薄揚げ水菜汁」「塩鯨入れたる清し雑煮かな」。ちなみに、まだ朝食前で、お腹がグーと鳴りそうである。大部とは言えない結社誌だけれど、読み所の多い一誌だと思う。
中上健次の『軽蔑』を読む。そう言えば、茨木氏と中上氏は、知人同士であったとか。中上氏の書いた文章の中に茨木氏について触れた部分を読んだ事がある。熊野大学関係の文章であったか・・・。『軽蔑』は面白い。女性の心理描写の部分は、ちょっと説明ぽい所に違和感を感じるけれど、話が進むにつれ、繰り返しを特徴とする語り物的文体が、じわじわと胸に染み込んでいくようである。午後一杯読み、夕方は軽く走り、寝る前に読み、夜中に目を覚まして続きを読む。
昨日は、寒い分からりと晴れた空模様だったが、今日はやや水蒸気が多く、青空も薄絹がかかったように見える。今日は、いくつか用事を済ますための外出で一日が終わりそうだ。とりあえず、布団カバーを洗濯し、干す。今から、朝食。


【4月24日】
夕方、ゆっくりと走る。良い天気だ。
青葉寒というのだろうか、少々寒い。
ちょっと、ごちゃごちゃしたけれど、23日、24日の「日々録」は削除することにした。
これは、第2弾?です。

【4月22日】
ここ数日、シャワーで済ましていたので、今日はちゃんとお風呂に入る。お湯の中で、しばらくボケーとしている。そう言えば、いつだったか、ひどく疲れた状態で今日のように風呂を沸かし、お湯につかっていたら、不意に「魂?」がふらふらと体からあくがれ出るような、異様な感覚に襲われて、これはまずいと思って、慌てて湯船から出て、冷たい水で顔を洗い、おい、しっかりしろよ、と自分を励ましたりしたのを思い出す。一度限りの経験だったが、あの異様な感覚は、今でも自分の中にかすかに残っているようだ。
今週は、5時過ぎに起床し、7時半過ぎには職場に着き、仕事を始め、19時半過ぎに退勤、帰宅後、夕食を食べ、しばらくぼんやり過ごして、9時過ぎか10時前には就寝、というペースで生活している。睡眠を十分とっているので、結構調子は良い。ありがたいことだ。
そのせいで、読書は往復の電車の中でのみ。行きは、送って頂いた『運河』の今月号を少しずつ読み、帰りは中上健次の『軽蔑』という小説を読んでいる。『軽蔑』は、女性が主人公で、最初はちょっと違和感があったけれど、読み始めたら面白くなってかなり入れ込んで読んでいる。
日曜日の「俳句スペシャル」は、全くダメであった。本当に俳句は難しいと思う。

【4月18日】
土曜日。BS春の短歌スペシャル。6首ほどFAXで送り、VTRを回しておいて、外出。鴨川河畔を歩く。何度歩いても、飽きることがない。桜はすでに葉桜に変わり、柳が緑の葉を風に揺らしている。東山は、徐々に新緑の風情を深めていく。もこもことした広葉樹の葉の盛り上がりは、見ているとむず痒いような感触を受ける。
この日、京都は気温が27.1度あった、と後で知る。暑いはずだ。汗をぬぐいながら、歩く。鴨川と高野川の合流点の三角地帯は、大変な人出で、遠くから見たときは、どこかの集団が記念写真でも撮っているのか、と思ってしまったほどだ。二本の八重桜も、今が盛りの状態だ。
あまりに暑いので、散歩は三条まで引き返すつもりを、丸太町で切り上げ、電車で帰宅する。帰ってくると、自宅から留守電が入っていた。BSで私の歌が紹介されていた、とのこと。早速、ビデオで確認すると、50選には残らなかったけれど、佳作ということで1首紹介されてあった。「教室に爆笑の渦引き起こす手柄のごとき教師のギャクよ」という作。自分でもちょっと面白いかな、と思っていた歌なので、嬉しかった。岩城先生に、メールでお知らせする。夜、黒田三郎の詩を読む。「落ちてきたら 今度は もっと高く もっともっと高く 何度でも 打ち上げよう 美しい 願いごとのように」という作品で知られた詩人だ。教科書にも、「そこにひとつの席が」という作品が掲載されていたりする。私小説風な作品が面白い。
人質事件。いずれも解決。良かった、と思う。自己責任論やら、某掲示板での愉快犯めいた誹謗中傷やら、非難やら賞賛やらと、ともかく世の中を大きく揺さぶった出来事であった。と共に、恐らく今後とも日本人が国際社会の一員として、集団あるいは個人で海外に出て行くとき、当然起こりうる深刻な出来事の一つとして、今回のことは日本の政府や日本人にとっても、沢山のノウハウや貴重な教訓を残したのではないかな、と思う。感情論を先走らせるのではなく、冷静に出来事の意味を考えるべきか、と思う。
日曜日。今日は、BSの俳句スペシャル。俳句は難しい、と改めて思う。それにしても、番組側は、もう少しFAXの回線数を増やすべきだな、といつも思う。投句しようとしても、いつもほぼ繋がらないのだから。さて、今回はどうであろうか。

【4月17日】
長い1週間が終わる。4時過ぎに目が覚める。眠ろうと思ったが、眠られず、輾転反側の上、仕方なく5時に起床。外は、すでに夜明けの色となっていた。冷気が気持ちよい。ゆっくりと新聞を読み、ご飯を炊いたり、みそ汁を作っておいたりして、早朝ジョギング。40分ほど走る。沿道のツツジの植え込みにちらちらと赤い花が見える。
帰宅後、シャワーを浴び、一休みしてから朝食。走った後なので、豆腐のみそ汁が美味しい。チーズを挟んだ卵焼きも結構いける味。すべて美味しく頂いて、食後のコーヒーを飲み、しばらくぼやーとして過ごす。朝から少し暑い(室温は25度となっていた)ので、軽くエアコンを入れる。
昨日は、歓送迎会。今回で幹事役は終わり。宴はなかなか盛会となったが、幹事役はなんとなく落ち着かない。9時に終了して、即帰宅する。帰宅後は、即就寝。目が覚めたのが、4時過ぎだった、ということになる。
今日は、午後古本屋廻りをしてこようか、と思う。半袖でも良さそうな一日になりそうだ。

【4月14日】
新学期が始まり、慌ただしい毎日が続く。普段より緊張しているようで、帰宅するとぐったりしてしまう。夕食を食べると、もう9時で、直ぐに眠くなる。
そんな状態の中で、睡魔とケンカしつつ本を読んだり、手紙を書いたりするので、捗らないことはおびただしい。昨夜は、やっと藤本安騎生さんに句集『深吉野』のお礼状を書く。句集は、頂いてから直ぐに読んだのだけれど、お礼状の方が延び延びとなってしまった。失礼なことである。
『橋本栄治集』もなんとか、読了目前。上手い作家だな、と感心しながら読んでいる。野中亮介氏の橋本栄治論も、斬新な切り口で面白い。
如何せん、もう眠くて仕方ない。まるで、小学生にでも返ったようである。

【4月11日】
日曜日。結局一日家にいた。夕方、軽く30分弱近所を走ったけれど。ここ数日、腰痛の為、十分に走れないのが残念だ。
午前中、思い立って、衣類の整理をする。文化祭で作ったTシャツや派手派での法被、篠山マラソン完走記念のTシャツなどが出てきて、懐かしかった。
午後、3時間くらい句を作る。座ると腰が痛いので、一番楽な姿勢(早い話が、俯せに寝た姿勢)での句作り。少々不謹慎な格好だったせいか、句は今ひとつ。15句ほど作る。今月は、一度も句会には参加しない。
人質事件は、解決への糸口が見つかったようだ。解放は、時間の問題らしい。それが何時になるのか、気懸かりなところだ。

【4月10日】
木曜日、始業式。金曜日、入学式。慌ただしく新学期が始まる。前庭の桜は、かろうじて花を残している。毎朝、散り敷かれた桜の花びらの上を歩くのは、ちょっと豪華な気分である。
金曜日、夕方ミューズのレッスンに行く。前半のパートレッスンだけ参加して帰る。少々疲れ気味。夜の京都駅。外国からの観光客の姿が目に付く。夜気もすでに寒くはない。良い季節になった。
帰宅すると、邑書林から『橋本栄治集』が届いている。ベットに横になりながら少し読む。第一句集『麦生』、平成8年に出されたもの。叙情的な作風が初々しい印象を与える。その翌年には、『馬酔木』の編集長に就任しているのか。就寝。夢の中で、旅の途上変な外国人と一緒にお寿司を食べる。
今日は、午前中クラブ担当で出勤。NTTからは、一向に連絡は来ない。このまま、やり過ごすつもりなのだろうか? イラクの人質事件、気懸かりである。

【4月7日】
「Bフレッツ」に変更するはずが、事前の調査が杜撰で、作業当日になって初めて、配管がないために光ファイバーを室内に引き込むことが出来ない事が判明。作業は中止となる。開設工事の為に、わざわざ午後半日の年休を取らされ、結局5時過ぎまで待たされた揚げ句のことだった。あまりのお粗末な結果に、開いた口がふさがらなかった。
開設後、直ぐに使えるようにとプロバイダーに設定の変更を依頼していたので、すでにネットは繋がらず、直接作業を担当した下請け業者に連絡を取ったり、NTTに抗議の電話をいれたり、マンションで同じ被害に遭った人がいるようなので、とりあえず事務所に事の顛末を連絡したりとか、無駄なエネルギーを消費して疲れ切ったのが、一昨日のこと。
昨日、プロバイダーに連絡を取り、元の設定に変更を依頼する。NTTの工事担当者から連絡が入り、さらに申し込み窓口の方からも連絡が来て、開設が可能かどうか、再度調査したいとの申し出がある(それも、向こうから申し出たはずのものが、こちらが再調査を依頼したかのようなニュアンスで伝えられたので、その点についての疑念もある)。
ともかく、プロバイダーの方はきちんと設定の再変更を行ってくれたので、本日ネットに繋ぐことは可能になった。なんとも無意味に疲れてしまったことだ。

【4月4日】
土曜日、午後。鴨川散策に行く。いつもに比べて、ずいぶんと人出が多い。桜の木の下で花見の宴会をする人たち、芝生に腰をおろしてくつろぐ人たち、ベンチでお弁当を食べる人たち、犬を連れてぶらぶらと散歩する人たち、自転車で駆け抜ける人たち、ジョギングをする人たち、サックスやトランペットを吹き、ギターを演奏する人たち。全く見飽きない情景だ。「見わたせば桜柳をこきまぜてみやこぞ春の錦なりける」などという和歌を思い出しつつ、鴨川河畔を三条から出町に向けてのんびりと歩く。今日は、デジカメを準備してきたので、風景を撮しながら歩く。天気は今ひとつで、出町柳の橋の上で小雨が降り出し、やむなく散策を中止して、帰宅する。
帰宅すると、郵便物が届いていた。『燕巣』の今月号と、第43回俳人協会賞を受賞された藤本安騎生さんが送って下さった句集『深吉野』だった。散歩中断で時間が空いたので、まず『運河』3月号の読み残していた所を読み、『燕巣』を少し読む。自分の句柄とは随分違うのに、『運河』の句の方が『燕巣』の句より読みやすい。『運河』の句の方が、全体に率直・簡明で対象を素直に詠い込んでいるのに対し、『燕巣』の句の方は、良かれ悪しかれ対象にたいする作者の「はからい」が感じられ、その分句に陰影が生まれ、それが面白かったり、逆にうるさかったりもするのだ。
夕方、久しぶりにビールを飲む。最近は、焼酎が中心なのだが、たまに飲んでみると美味しい。少し酔って、ぼーとして過ごす。
夜、『深吉野』を読み始める。

【4月3日】
新年度に入り、職場は慌ただしさを増す。今日は一日、夏休み中の1年生学習合宿の基本プランを考える。今から夏休みとは、と思われるかもしれないけれど、基本プランの策定は4月中には終わらなければならない。それが出来れば、あとは実務的な作業の積み重ね、ということになる(はずだ)。進路室と1年担任団の職員室を何度か往復して、意見交換を行う。夕方になり、タイムアウトで、本日の作業は終了。
ミューズのレッスンに行く。今日の会場は、京都駅裏のいつものアヴァンティホールではなく、荒神橋の近くの鴨沂会館。京阪三条まで電車で行き、そこからタクシーを使って急いで会場へ。結局、着いたのは7時過ぎになっていた。9時まで練習。日曜日にも練習があったということで、曲は新しいところに入っていた。だんだん難しくなってくる。最難関部分は、8部合唱(各パートが、さらに2つに分かれて歌うことになる)なのだが、まもなくその部分の練習にも入るのではないか、と思う。
レッスン後、京阪丸太町駅まで、鴨川河畔を歩く。夜桜が美しい。ちょうど今、満開状態である。若い人たちのグループが、2組3組桜の樹の下に陣取って夜桜見物の酒宴を開いていた。お酒を飲みながら、桜を楽しむのは良い気分だろうな、と羨ましく思いながら歩いて行く。夜気は、ほんの少し肌寒い。
土曜日。6時過ぎに起床。すでに朝日が昇っている。朝が随分早くなったものだ。いつもの通り、コーヒーをいれ、洗濯機を回して、ジョギングへ。今日は疎水の朝桜見物を兼ねて走ることにする。昔、「朝桜疎水に水の戻り来る」という風な句を作ったのを思い出す。

【4月1日】
水曜日。花冷えの一日。職場の桜は満開状態となる。
午前、午後、そして夕方と時間を見て、現代文の教科書の教材を一通り読んでみる。現代作家の作品を多く取り上げた教科書。各単元の主題に沿った小説、評論、エッセイ等が適切に選択されているという感触。読んでいて、なかなか面白い。単位数が2単位(週2時間の授業)なので、教材をどう精選していくかを考えなければならない。
教材の中で、特に心を動かされたのは、原民喜の『夏の花』であった。原氏の名前は、昔、遠藤周作を読んでいた頃、同氏のエッセイの中で、気に掛かる先輩作家の一人としてその人柄や生き様、そして作品などが紹介されてあったのを憶えている。『夏の花』の事にも触れてあり、いつか読みたいなと思いつつ、文庫本も買っておいたのだが、読まないままに過ぎてしまっていた。
木曜日。今日から4月。何となく気疲れした一日。夕方、警備員の方と夕桜を眺めながら雑談。明日は雨になるらしく、今日が満開の桜の見納めか、などと話す。草田男の『大虚鳥』読了。20年間の作5000句から選ばれた750句。死の数年前は、句の数が少なく、少々寂しい思いもしたが、全体としては大変面白い句集であった。通常、草田男の句で評価されるは、『銀河依然』までのものと言われていたようにも思うが、私にはそれ以降の句の方が肌に合うように思う。藤さんから、4月の『運河城陽句会』が「右城暮石顕彰全国俳句大会」の為お休みという連絡と共に、『運河』最新号を送って頂く。例のごとく、まず読み終わってからお礼状を、という事で通勤の車中で読み続ける。