日々録
日記のようなものを書いてみようかな、と思いました。             
備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、という事です。             
一人言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さい。

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【5月31日】
午前中は、酷く蒸し暑かったけれど、昼過ぎに土砂降りの雨が来て、一気に気温が低くなったようだ。夕方になっても、雨は止まない。
昨日、午前中はクラブ引率。京都市内のH高校へ。試合は、1勝1敗であったが、府大会への参加権を獲得。男子バド部の記念すべき公式戦1勝でもあった。昼過ぎに終了。午後からは『醍醐会』なので、会場まで歩く。久しぶりに、京都市内で道に迷う。ともかく東山を右手に見つつしばらく歩き、この辺りかと思われる地点で、東山を背後に置いて、入り組んだ路地をただただ歩く。1時間歩いて、ようやく京大病院へ抜ける。そこから京大会館までは10分ほど。遅刻は免れる。
本日の『醍醐会』は岩井さんの著作『近代俳人群像』を元に、かなり自由に問題設定をして話しあう、というもの。レポーターは、中村ふみ・中村与謝男・山根真矢の三氏。「写生」について、大正俳句、自由律俳句について、とかなり広範囲な内容について話合う。「写生」に関する、中村ふみさんの「フィルター」論がとても面白かった。色々考えが拡がる刺激的な提起であった。
二次会はいつものTへ。大いに盛り上がる会場で、岩城先生、清水さんと三人固まって、ちょっと内緒の会談を行う。その後、三次会は祇園の「米」さんへ。皆元気である。11時前までいて、お先に退散する。

【5月27日】
中間試験三日目。夕方まで、進路講演会。蒸し暑い視聴覚教室に、時折、風が吹き込んで来る。2時間半の講演会が終わり、会場の整理をして、終了。夕風が涼しくなった6時過ぎから30分ほど近所を走り、その後、土曜日の模擬試験の準備が1時間余り。監督マニュアルを完成して、本日の仕事を終える。退勤。
8時半、帰宅。回覧板が回って来ていた。大きなマンションの自治会に、回覧板が未だに機能しているのが、面白い。シャワーを浴び、ビールを飲む。疲れた。
明日で試験は終了。最終日に、テストが2冊返ってくる。金曜日中に採点を終えないと、その後の予定が厳しくなるな、と思う。
土曜日は、午前中、模擬試験の監督。午後は、大阪へ。『運河』の藤本氏の俳人協会賞祝賀会。会への参加は楽しみなのだが、その席を借りて済まさねばならない事を思うと、少々気が重い。

【5月23日】
6時過ぎに走りに出る。昨日とは、別コース。ゆっくりと走る。朝からどんよりとした空模様。
朝食後、ビデオを見る。『マトリックス レボリューションズ』。お話は、やや薄手であったが、映像に圧倒される。見終わってもまだ、10時過ぎで、昨日から再開した中上健次の『地の果て至上の時』を読み継ぐ。二日目にして、どうにかその文体に慣れ始めたようだ。昼近く、読み疲れて、一休み。村山古郷の『明治大正俳句史話』をぱらぱらと読む。ちょっと雑学風な内容。
昼過ぎても、天気は回復しない。昼食は、お茶漬け。午後は、本を仕入れに市内まで。雨が降らなければよいのだが。


【5月22日】
書き込みが滞っている。仕事を終え、帰宅し、食事を終えると、もう眠くて、へたをすると9時過ぎぐらいには寝る、という、まるで小学生(最近の子はそうではないのだろうが)のような生活リズムになってしまった。以前に比べると、生活時間全体が1時間半ぐらい前倒しになったようだ。ろくに本も読めず、困ったなとも思うが、睡眠の欲求には勝てない・・・。
その分、実に様々な夢を見る。何となく、夢が第二の生活みたいになっているような気もする。元々、夢に対する興味や関心は、昔からあったので、時に日記やこの「日々録」に書き留めたりもしていたし、ここ2〜3日に見た夢の概略は、何となく憶えていたりする。たとえば、最近見た夢の中で、鮮烈な記憶として残っているものがある。それは、どこかの岬の、恐らく魚寄せの森なのだろうが、豊かに茂った緑の樹林の中に、ぽっかりと草に覆われた空き地が開け、その真ん中に、花だけではなく茎まで真っ赤な曼珠沙華が数本咲いている情景だった。花の周りをきらきらと光彩が取り囲んでいるがはっきりと見えた。極彩色の鮮やかな情景だった。こんな風景に接することは、現実の世界では到底不可能なことであろうから、夢も見甲斐がある、というものだ。
金曜日、気詰まりな事が重なり、練習後、京都駅から夜の道を歩いて帰る。夜風に吹かれながら、1時間以上黙々と歩いて、帰宅。ビールと焼酎を飲んで寝る。
ま、いいか、と思って起床。5時過ぎであるにもかかわらず、洗濯。昨日のコーヒーを暖め直しておいて、6時過ぎにジョギングに出る。あちらの道、こちらの道とコースを決めずに走る。車通りの少ない大通りを斜め横断したりするのも、この時間帯ならではの醍醐味であろうか。50分ほど走り、うっすらと汗をかいて帰宅。シャワーをあび、酸化の進んだちょっとすっぱいコーヒーを飲み、パンを食べる。今日は、持ち帰り仕事と、句の整理をするつもり。岩城先生から土曜日の関西俳句大会はどうするのか、とメールをいただいたが、欠席と返事をする。

【5月18日】
しばらく、書き込みが滞ってしまった。色々な事があったけれど、それらはこの先、追々現実化される過程の中で、書き留めていこうか、と思っている。
日曜日。澤井繁男氏の『時計台前仲通り』の出版記念会に出席する。と言っても、岩城先生の紹介で参加を許されたものだ。会場で、久しぶりにIさんと出会う。面識のある人が、ほとんどいないので、Iさんや、隣におられた同じく初めて出版記念会というものに参加されたというイタリア文化協会の職員の方と話す。ちなみに、澤井氏は、関西大学の教授で、イタリアルネサンス期の研究者として著名な方とのこと。今月号の『俳壇』に、岩城先生の自選五十句の鑑賞文を書いておられる。岩城先生が、特に希望して書いていただいたとのこと。俳人とはひと味違う鑑賞が面白かった。閉会後、京都まで帰り、夕景を眺めながら、久しぶりに三人でお酒を飲む。楽しい二時間だった。



【5月13日】
水曜日、8時前退勤。一日中蒸し暑くて、疲れた。天気は下り気味で、明日には雨になる模様。遠足が予定されているのだが、どうなることか。
中上健次の『地の果て至上の時』を読み始める。主人公は「秋幸」。「あきゆき」と読むのだろうか。「しゅうこう」か。小説を読み進みながら、主人公の名前の読みが揺れている。
木曜日。朝は高曇り。しかし、やがて雨が降り始める。遠足の引率に同行するクラスは、河原でのバーベキューを予定していたのだが、やむなく中止。体育館での、レクリエーションに変更される。参加する。数十年ぶりにドッヂボールをする。さらにバドミントン、バレーボール。足腰が痛くなる。しかし、結構楽しかったりしたものだ。
午後、雨は本降りになる。懸案のことがあり、年休を取って退勤。用事を済ます。夕方になって雨は小降りになったようだ。明日は、母が。明後日には東京から親戚が来京の予定。土・日と引率や私用があり、週末は慌ただしくなりそうだ。

【5月9日】
土曜日、午後。思いついて、大津へ行く。琵琶湖を見ようと思う。泉大津に向かう地下鉄京津線車中。靴のまま、座席に足を投げ出していた中学生らしいバス釣りの少年を注意する。素直に足を戻す。相手が良かったらしい。最近は、注意されたこと自体に腹を立て、「キレ」る子がいるのだ。
駅から歩いて5分ほどで、琵琶湖の湖畔に出る。湖を眺め渡したり、ヨットハーバーを見学したり、沖合百メートルほどの護岸に設置された大噴水を楽しんだりする。時折、琵琶湖競艇のボートのエンジン音が聞こえる。良い天気で、日差しはきついけれど、湖風は涼しい。潮の匂いがしないのが、なんとも物足りないけれど。湖岸の遊歩道をぶらぶら歩く。バス釣りの人、散歩をする人、ジョギングする人、絵を描く人。色々な人が、集まって、皆くつろいでいる。そんな情景が、心を和ませ、こちらもリラックスした気分になる。10句ほど作る。1時間半散歩して帰る。
夜。第1期の『参』を読み返す。面白い。雑誌に挟んであった、岩城先生の「子供のいる俳景」の文章も読み返す。さて、『参』はどうなることであろうか。
10時過ぎに眠る。寝苦しくて、何度も目を覚ます。7時前まで、ベットの中でごろごろする。起床。外は雨である。今日は、一日雨のようだ。

【5月8日】
『運河』5月号を送っていただく。茨木主宰の句を数句紹介します。「木造と誇らしげなる蜆舟」「磯近く舟をとどめて海胆獲れり」「洞門の中にも入りて目張釣る」「沖に島在らざる島の夕永し」。最後の句、孤愁とでもいうような不思議な郷愁を感じる1句。
岩城先生から『羚』という冊子を送っていただく。5月16日の出版記念会に参加させていただく澤井繁男氏の作品が掲載された同人誌。今号では、岩城先生もゲスト執筆者として、邑書林の『セレクション俳人8・佐々木六戈』をもとに、佐々木氏の句について書いておられる。
山田みづえ著『鑑賞秀句百句選 星野立子』を読む。立子の句を読みながら、『ホトトギス』の「写生」がこのようなものであるなら、なかなか良いな、と思う。ページをめくりつつ、1句1句読むのが、とても楽しかった。山田氏の鑑賞文も、句に寄り添い、時に自己の思いに触れつつ、細やかに味わっておられるのが良かった。読み応えのある一冊だった。
いつもの通り、5時過ぎに起床。洗濯。コーヒーをいれておいて、6時過ぎからジョギング。ひんやりとした空気の中を走るのは気持ちよい。人通りも、車通りも少ないのが良い。ちょっと、非日常的なところが良い。薄く汗をかいて帰宅。
昨日は、ミューズのレッスン。クラブ指導の後、ちょっとごたごたに巻き込まれ退勤がさらに30分遅くなり、会場に着いたときは8時過ぎ。前半の練習も、班のミーティングも終わっていた。ミーティングでは、チケットの事も話題に出たらしい。間に合えば、ミーティングに参加して、チケットの事もお願い出来たかもしれないが、それも出来ず。チケットの件では悪い方に悪い方にと事が動いているようだ。歌っている間は、そちらの方に集中しているけれど、歌い終わってみると、虚しいような感じが胸の底に残る。合宿を目前に控え、練習にもさらに気合いが入っているような団の中で、なんとなく白けている自分を感じるのは辛い。
チケットを手に入れる機会の不公平さ、とその前後の対応についての疑問が、わだかまりの原因であると思う。短期間に集中してチケットが売れる事をあらかじめ予想していたなら、なぜ1人に対する販売数を制限して、チケットを受付で購入できる機会を複数回設定し、必要とする会員に在る程度チケットが行き渡るのを待って、さらに追加販売をするというような事が出来なかったのだろうか。仕事や家事を持つ人でも参加出来るのが、ミューズの本来の姿ではなかったのか、と思う。初回の販売に、仕事や家事の都合で参加出来なかった会員が、チケットを入手出来ないというのは、どう考えてもおかしい、と思う。チケットを売り切ることが、コンサートの成否に繋がるという事を否定はしないし、販売制限によってチケットのはけ方が滞る虞を回避したいという配慮があったのかもしれないが(あるいは販売数制限など最初から念頭になかったのかもしれないが)、そのために会員自身がチケットを手に入れられないという不利益を被るというのは、ほとんど滑稽に近い矛盾ではないのか、と思う。1会員としてではあるが、10年以上ミューズの合唱団に参加してきて、こんな事を練習後に考えなければならないのが、辛い。

【5月5日】
昨日まで、帰省。晩春から初夏の海山の風景を見てこようと思ったが、天候が不順ということもあり、自宅でゆっくり過ごさせてもらった。
土曜日は、墓参のあと、母と近郷で有名な藤寺に藤を見に行く。樹齢400年の藤の木はなかなか見応えのあるものだった。その後、名和神社(名和長年で有名な神社。母が子供の頃、遠足でこの神社に来た際、拝殿の裏で、長年当時の焼米を掘り出したりしたそうだ)、名和公園に立ち寄る。躑躅の花は、盛りを過ぎていた。帰りに、母が家庭菜園用の野菜の苗木を買いに行く、という。途中のホームセンターで、茄子と胡瓜と南瓜の苗を買う。帰宅後、畝を作り、肥料を入れ、苗を植え込む。こういうふうにして作るのか、と思う。
日曜日、雨。養老孟司の『死の壁』を読む。三種類の死体の話は、考えさせられてものだ。西村京太郎の『四国松山五七五殺人事件(という風なタイトル)』を読む。クラブ指導、ピアノのレッスン、クラブ活動、塾、と皆忙しそうな中で、のんびりさせてもらって、悪いような気になる。それにしても、愛犬ジェニビは、一日中寝ている。夜中には、飲み水の入れ替えとトイレの始末に起こされるのだが。
月曜日、天気が回復してきたので、日野川の河口に出かける。道路は、酷く渋滞している。風が強い割に、海は静かだった。ウインドサーフィンをする者が二人、釣りをする人が一組いるだけの、閑散たる様子だった。対岸の方を眺めやると、随分沢山の車が駐車しており、人溜まりがあるようだ。時折、皆生温泉方面から、水上バイクに乗った人が、轟音を立てながら、やって来たりもする。淀江町のあたりまで見渡せ、町の背後の丘陵や三段腹のような高麗山、そして頂上が雲に隠れた大山まで、広々とした景が眺められる。大山の北斜面に二筋、残雪が見える。数句作る。
火曜日、夕方のバスで帰京。思ったほどの渋滞にも巻き込まれず、帰宅する。バスに乗る前に買っておいた西村京太郎の『目撃』を読む。面白い。