日々録
日記のようなものを書いてみようかな、と思いました。             
備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、という事です。             
一人言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さい。

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【11月27日】
日曜日。5時過ぎに起きたけれど、居間のソファーで二度寝してしまう。今、8時前だけれど、まだ眠い。朝から、人参たっぷりのカレーライスを食べる。人参の甘みが、カレーの辛みに引き立てられて美味しい。おいしく人参を食べるためにカレーを作って食べているようだ。
昨日は、午前中に11月23日の鴨川吟行会の写真をアップする。ちょっとまずい所があって、一度出来上がっていたものを作り直したりしたので、随分時間がかかってしまった。それにしても、23日の吟行会は本当に愉しいものだった。天気も最高で、「あたたかき11月」などという一節も思い浮かぶ。参加者は、辻田・大石・岩城各先生方と現役受講生、受講生OB、その父母、ゲスト、お手伝いの人等総勢16名であった。年齢で言えば、19才から70代までとものすごく幅広い。俳句ならではの事、と思う。2時間ほど、鴨川沿いを吟行。会場の教育文化センターへ。1階食堂での大テーブルを囲んでの昼食後(ちなみに講師の先生方は、恒例のビーフカレー)、1時から句会。参加者は5句投句5句選(特選1句)。講師の先生方は、選は20句(特選3句)。今回も面白い句が沢山出た。私は、岩城先生1句、辻田先生1句、富吉浩さん(『幡』編集長)2句、中山奈々さん(受講者)1句を選する。特に、辻田先生の「種源」の句と富吉さんの「アルミの貨」の二つは、抜群に面白い作であった。『幡』恐るべし、である。4時に句会終了。いつもの「ミュンヘン」へ移動して、二次会。大いに飲みかつ食い、かつ喋る。こちらも愉しい時間であった。来年の再会を約して、解散。三次会はなし、と言うことで解散する。杉浦圭祐さんとしばらく同行。話しをしながら帰る。杉浦さんは、2月号の角川『俳句』に文章を書かれるとのこと。偶然、私も2月号に句を掲載して頂けるということで、お互い頑張ろうね、とエールを交わして別れる。
水・木と相変わらず忙しい。その上に、クラブ内のごたごたが絡まってきて、鬱陶しい。
『上田五千石全句集』を読んでいる。先々週、甥の付き添いで大阪に行った時、少し時間に余裕があったので、レッスン場近くの古書肆で見つけたもの。赤尾兜子『歳華集』、高柳重信『青彌撒』も思わず買ってしまう。長谷川素逝の句集もあり、読みたかったけれど、資金不足で買わず。大阪の方が、俳句関係の本が多いな、と実感する。また、行かねばと思う。

【11月20日】
土曜日、午後。国会図書館へ資料探しに出かける。「冬麗」という言葉はこんな日の為にあるのだろう、と思われるほどの良い天気だ。近鉄沿線の田園風景も、紅葉の進む遠景の低い山並の姿もくっきりと際だって見える。
新祝園で電車を降り、タクシーを使って国会図書館関西館へ。図書館は、京阪奈丘陵の一角に建つ硝子張り風のちょっと無機的な景観の建物である。出かけたのがいつもより遅く、日のあるうちに歩いて新祝園の駅まで歩こうと思っていたので、3時間足らずの時間、角川『俳句』の岩城先生関係の資料を捜す。ついでに、面白そうな記事を拾い読みし、さらについでに「平成俳壇」の投句について、自分の句や知り合いの句などを抜き書きする。抜き書きが結構面白い。
少し時間を取りすぎて、外へでると日はすでに沈みかかっていた。空が広いな、と思いつつ、4車線道路に沿って、駅の方へゆるゆると下って行く。やがて日は沈んだが、空は明るいままだ。汗をかくかと思って、防寒着を脱いで歩いていたのだが、寒くなって着る。夜なら、京都市内とは比べものにならないほど、星が見えるのではないかと思う。
夜、お酒を飲んで、本当に何もしないで過ごす。すこんと抜けたような時間であった。
日曜日。午前中は、読書。午後は、久しぶりに鴨川散策へ行く予定。23日は単位互換性の「鴨川吟行会」。下見のつもりで。

【11月19日】
やっと週末。今週は、いくつもの仕事が重なって、大忙し状態であった。仕事して帰宅してご飯食べて寝る、というシンプルな1週間であった。その代わり、夜中に目を覚ます、ということはなかった。寝られるんだ、と思うとありがたいような哀しいような・・・。それにしても、金曜日には、一つ仕事が片づいて、ちょっと嬉しい。
「第九」のレッスンに行く。いつもの会場と違い、京都市中心部。地下鉄を使う。いつの間にか運賃が10円値上がりしているのに、今日気が付く。地上に出て、ビルの間から見える夜空に、街の光を反射した銀白色の雲の塊が浮かんでいて、綺麗と言えば綺麗だけれど、薄気味悪いといえばそんな風にも感じられる風景だった。練習は9時まで。今日は指導の先生がお休みで、代わりにヴォイストレーナーの方が指揮をされる。発声法を中心にした指導で、いかに楽に歌うか、それが少しわかったように思う。こんな練習も愉しいと思う。
帰宅後、「第九」チケットのお願いをかねて、知り合いに電話する。他校の状況など聞く。夜更かしをするつもりで、11時には寝てしまう。
4時過ぎに目を覚ます。二度寝しようと思ったが、もう眠れない。ベランダに出て、まだ夜明けには遠い街を眺める。思った程、寒くはない。人家の灯りは乏しいはずなのに、街全体は多くの星を隠してしまうほどの明るさをこんな時間帯でも保っているらしい。寝室に帰り、テレビを点けて、ぼんやり眺める。
6時前に、ウオーキング+ジョギングに出かける。空はもう明るいけれど、地上はまだ薄暗い。発汗をはかるつもりで、防寒着を着て出る。丘陵まで歩き、谷筋を利用して作られた小公園を二回りほど歩く。紅葉は、あまり進んでいない。公園を出て、丘陵の最高地点まで歩き、そこから下りを走る。早朝なので、体の負担を考えて、上りは歩き、下りは走る。走っているうちに、背後に朝日が昇る。爽快である。1週間の疲れが溶けるように解消された気分だ。

【11月12日】
文字通り、朝から晩まで模擬試験の監督。こちらも疲れたが、生徒もさぞかし疲れたことであろう。昨日は、午後から本格的な雨になったが、今日は一転して快晴。校舎の3階から見る夕景が、いかにも秋らしい枯れ寂びた美しさで、何となく満たされた気分になる。
今日は、丹後の「すき句会」だったのだけれど、欠席という事になってしまった。その点は、やはり残念。錦秋の丹後を見たかった、との思いあり。来月、丹後に行くときは、もう初冬の風景ということになっているのだろう。岩城先生の手を煩わせて、欠席投句だけはしておく。
明日は朝から大阪。甥っ子が、先々月から先生について、本格的に楽器のレッスンを受け始めた。月に1度、大阪まで来る事になったのだが、今回付き添い役となる。ついでに、楽器のレッスンというのがどのようなものか、興味津々見学しておこうと思う。レッスンといえば、昨日は第九の練習日。関西の合同練習と通常レッスンの2回を休んでしまったのだが、久々に参加して歌ってみると、随分良い感じになっていることが分かる。本番まであと1ヶ月余り。音楽的にどこまで仕上がっていくのか、楽しみである。


【11月6日】
飯田龍太全集。第三句集『麓の人』から、第四句集『忘音』へ。「父母の亡き裏口開いて枯木山」の句を含む句集。その前の昭和四十年の「十月二十七日母死去(十句)」から始まって、昭和四十二年にかけての句について、本当に息を呑むような思いで一気に読んだ。一つ一つの作品が胸に迫るものであった。その後の平明で清澄な作品群が、ちょっともの足らなく思えるほどであった。本当にすごいと思った。その後、第五句集『春の道』へ。殆ど「ただ事」に近い句のようでありながら、静かで豊かで透明な感じがずっと句集全体を統べている、という印象を持ちつつ読み進める。全く違う世界でありながら、鴇田智哉の句をふと思ったりもした。これはちょっと危ない世界だな、と思う。感銘を受けて、中途半端に影響されると、文字通り「只事句」を量産する羽目になりそうだからだ。
日曜日。『運河京都句会』。「石清水八幡宮」吟行の日である。朝から本格的な雨。京阪で八幡駅へ、そこからケーブルで石清水八幡宮へ。11月に入っているにもかかわらず、男山の紅葉は進んでいない。山頂部にある八幡宮は七五三の親子連れで賑わっている。傘をさして境内を歩きながら、句作。句会は、12時投句締め切りで、15句以内の投句。時間は1時間ほどしかないので、どんどん作り、出来たものはすべて投句するつもりで作る。七五三の句が多い。それだけでは物足りないので、参道のはずれに神馬の厩舎があることを思い出し、そちらへ移動する。しかし、厩舎の扉は閉められ、神馬が昨年の11月に死んだ旨が掲示されてあった。きれいな白馬であった。厩舎の軒下に傘をたたんで入って、しばらく句を考える。2句ほど出来たところで、投句締め切りの時間が迫ってきたので、句会場の「青少年研修センター」へ向かう。
句会は、12時開始。16時には会場を明けなければならないので、句会は1回の予定であったが、早めに終了したので、15分で3句投句3句選で第二句会も実施する。茨木和生主宰は、所用のためお休みという事であった。
3ヶ月ぶりの『運河』句会を終え、思ったより早く帰宅。おでんを作りたかったので、材料を買いに行き、ついでに日本酒も購入。おいしいおでんとお酒の夕食となった。

【11月5日】
木曜日。午前中は自宅でおとなしくしていて、午後、大学時代のサークルのOB会へ参加。サークルは「山歩会」という山歩きの会。初期メンバーを中心にして集まる。仮称「古株会」。11名参加。中には、卒業後、久しぶりに顔を見る人もいて、懐かしかった。総じて、皆(見た目を除いて)変わっていないな、という印象。一次会を終えて、京都駅を背景に記念写真を撮って、「山歩会」らしく蹴上げから「哲学の道」を歩こうというメンバーと別れて帰宅。しつこく熱が残っているので、帰宅後は寝る。
金曜日。依然として微熱が残る。今日は、4時間授業+ホームルームの担任代行+中間考査の成績提出と言うことで、慌ただしい。放課後の清掃監督を終えて、年休を取って帰宅。帰宅後は、寝る。第9のレッスンも休む。結局、今週はこんな調子で明け暮れてしまった。
土曜日。国会図書館へ行きたい気もするが、明日は『運河』の京都句会で石清水吟行があるので、一日大人しくしている方が良いか、とも思う。朝から、本当に良い天気なので、早速洗濯をする。朝日が、リビングから和室の奥の方まで差し込んでくる。太陽の昇る位置が随分南側に片寄っていることに、ふと気付く。
飯田龍太全集。第二句集『童眸』を読み終えて、第三句集『麓の人』へと読み進む。佶屈な文体が、随分平易なものに変わっていて、ちょっと驚く。
『鼎座』第4号中、岩城先生の作品に間違いがあった。「一伍一什六斎をあやまたず」の「什」の字が「汁」となっていた。全くの不注意であった。

【11月2日】
日曜日。午後、「醍醐会」。句集『遊歩』の読後感。中村与謝男・松本康司・丸山景子各氏からレポートをいただく。自分の句集が「醍醐会」のメンバーから、こんなに懇切丁寧に鑑賞・評価されるという事が、本当に得難い体験として身にしみて感じられた。鋭くも厳しい意見も含め、多くの発言に心から感謝したいと思う。今回、複数の結社の若い方が新たに数名参加され、「醍醐会」が超結社の勉強会としての性格を一層強化したように思う。
月曜日。知恵熱でも出たのだろうか、調子が悪い。授業が午前中だけだったので、午後年休を取り、早退する。帰宅後、とりあえず寝る。
火曜日。体調不良。熱が下がらず、やむなく欠勤する。薬を飲み、「冷えピタクール」とか言うのを、額に貼り付けてひたすら寝る。巻き貝にでもなったような気分である。
水曜日。体調、やや改善。熱は残るが出勤。授業と金曜日の準備だけして、放課後、年休早退。生徒から、「目が死んでいる」と言われる。「おいおい・・・!」夜に入って、体調かなり回復。微熱は残るが、まあなんとかなるという状態。ありがたい。明日は、市内で大学時代のサークルのOB会。