日々録
日記のようなものを書いてみようかな、と思いました。
備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、という事です。
一人言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さい。
05.7「日々録」
05.8「日々録」
05.9「日々録」
05.10「日々録」
05.11「日々録」
【12月24日】
テレビ画面で、ひよんの笛を吹かれる茨木和生氏の姿を見る。NHK俳壇の第4週は、茨木氏の担当の週であった。生活感溢れる句の中に、斬新な1句が交じっていたりして、面白い選であった。赤いトックリセータ(なんて今でも言うのだろうか)が、テレビ向きであった。
部屋に日は差しているが、室内は寒い。暖房を強くして、暖を取っている。しばらく、書き込みを「参掲示板」の方に移します。
【12月23日】
2泊3日の学習合宿を終え、帰宅。京都市内の某ホテルに缶詰状態での3日間。合宿の担当者として、普段使わない神経をあちこち使ったせいか、結構疲れる。半年間くらいの期間をかけて準備をしてきたので、無事終わってほっとする。事後の生徒対象のアンケート結果も悪くなかった。今年の大きな仕事は、これで終了。
名村早智子さんから俳誌を送っていただく。名村さんが、創刊主宰をされる『玉梓』創刊号である。俳句とのより深い関わりを求めて、俳句仲間の方達と始められたとのこと。自己の生の実感を求めて、仲間と共に創作活動を展開していかれるようだ。全体的に比較的穏やかな句柄の作が多いと感じる。
杉浦圭祐さんから『quatre』No22を送っていただく。四人四様の句世界が大変面白い。特に、杉浦氏の「俳句20句」は、読み応えのある作品群であった。「水眼鏡背後の山を感じつつ」は、個人的には特に面白いと思った1句だった。
『幡』編集部から『幡』1月号を送っていただく。福井貞子氏の「望見めがね」という句集評の中で、拙句集『遊歩』の句集評を書いていただいたのだ。ありがたいことだ。
【12月18日】
4時過ぎに、変な夢を見て、目を覚ます。寒いので、1時間のタイマーで暖房を入れ、それからまた寝る。6時前に目覚め、起き出す。寒い。居間のカーテンを開けると、外はほの白い。目に入るかぎり、うっすらと雪が積もっているのだ。ベランダに出ると、小気味よいほどに、寒い。頭はまだ半分眠っているのに、体だけがきっちりと目覚める、という風な変な状態となる。
今日は、半日、クラブ引率で交流大会に。会場の体育館のあまりの寒さに、時折、外に出ては、暖を取る。風さえ吹かなければ、外の方が断然暖かいのである。1時前に交代して、昼食を取りに行く。暖房の効いた食堂に入って、初めて自分の体が冷え切っているのに気付く。食事を取っているうちに、体内から冷気がじわじわ流れ出すような気がしてくる。
引率を終え、京都市内の大型書店へ。『俳句研究年鑑』を購入するつもり。売り台に1冊だけ残った、表紙の端がちょっと折れているものを買う。その後、地下鉄駅へ向かい、「当たる」という評判の宝籤売り場で「年末ジャンボ」を購入。一度くらい当たらないものか、と思う。
帰宅後、BS放送の「詩のボクシング」を途中から見る。パフォーマンスとしての「詩の朗読」。笑ったり、しんみりしたり、感心したり、ちょっと深刻になったりと、様々に感性を刺激された思い。朗読も、面白いものだ。
【12月17日】
水曜日。「第九」本番終了。途中、嚔と携帯の着メロが鳴るというハプニングはあったものの、全体の出来は悪くなかった、と思う。音楽高校での最後の日曜レッスンの時から、本番当日のゲネプロにかけて、ぐっと演奏が引き締まってきて、良い感じになっていたのだ。ただ、ゲネプロが完璧で、本番になったら合唱団が一人で突っ走ってぼろぼろになってしまった苦い経験があり、本番直前の調整レッスンでは、合唱指導の先生があえて一言注意をされたほどの状態ではあったのだ。練習場の小ホール前に整列のために出ると、大きな硝子窓を通して、眼下に人工池が見下ろせる。その水面が氷っているのが、照明の反射光で分かる。静かな興奮と緊張の中で整列を終え、大ホールへ移動、第二楽章と第三楽章の間に入場する。ほぼ満席の聴衆に向かい立つ。この瞬間に、「本番」を実感する。
本番を終え、いつものメンバーで「あじさい」へ。11時過ぎまで、飲み喰い、且つ喋る(いつもながらの言い回しではあるが・・・)。愉しい時間であった。これで、また半年は、このメンバーで集まる事はないと思う。夏の合唱は、4年前に初演した「創生記」の再演。是非指揮をしたいとの希望もあって、関西フィルの藤岡幸夫氏が指揮をされる事になったという。本番が楽しみである。「あじさい」のマスターとも、「良い年を」と、早々に挨拶を交わして店を出る。あとは、4人相乗りのタクシーで帰宅する。
その水曜日の半日を除き、学期末の成績処理と学習合宿の準備に明け暮れる1週間であった。しかも、間の悪い事にBS放送で2時間連続で「チャングムの誓い」の再放送をやっていて、これは見ない訳にはいかないので、それを見て、終わると疲れて寝る、というサイクルが出来てしまった。一日が仕事と「チャングム」で終わる、という簡潔さである。まさか、韓国ドラマに「はまる」とは、思いもよらず、いざ「はまって」みると「冬ソナ」もかくや、という有様となる。韓国版「おしん」(実際には「おしん」など一度も見たことはないのだが)みたいなもんだろうと思ってはいるのだが、それにしても面白い。毎回、阿漕なほどにハラハラドキドキのストーリー展開と、本当に良い味を出しているはまり役揃いの演者達、これは見過ごす訳にはいかない。「チャングム」を見た翌日、通勤途上で昨夜の話を反芻して愉しい気分になるのは、精神衛生上もなかなか良いものだ。
土曜日。まだ明け切らない中を、「歩き+走り」に出発。猛烈な寒気団が接近中、という事で本当に寒い。地面が濡れているのは、夜のうちに雨が降ったのかと思っていたのだが、丘陵地を歩いていて、うっすらと雪が残っていたところから、雪だったのか、と思う。公園のかなり広い池が、全面氷っていたりもしたものだ。帰宅後、ちょっと迷ったけれど、ベランダに洗濯物を干す。シャワーを浴び、コーヒーを飲み、朝食は今年2度目の鴨鍋の残りで、鴨南蛮を作って食べる。美味。今日は、まず年賀状を完成しなければ、と思う。
【12月11日】
掃除の際、空気の入れ換えのつもりで、ベランダ向きの硝子戸を開け、そのままにしているけれど、ひんやりとしているだけで、慌てて戸を閉めるような寒さではない。冬紅葉の稲荷山が、曇天の下に間延びした姿を見せている。朝早く起きるつもりが、7時過ぎまで寝坊してしまう。少し気持ちが弛んでしまっているか、と思う。昨夜は、茸と魚たっぷりの鍋。それを、温めなおして朝食とする。やっぱり美味しい。後は、昼食に「おじや」を作ってお終い、ということになる。
昨日、午後は国会図書館へ。角川『俳句』と富士見書房の『俳句研究』の岩城先生関係の資料を捜す。『俳句』の方からは、3つほど評論を見つけ出すが、『俳句研究』からは成果ゼロ、であった。平成俳壇の方もずっと見ていくが、自分でも思いがけないほど長い期間投句をしていたことに気付く。懐かしい。俳句データベースに残していない句なども、見つける。知っている人の句も気付いたものはメモを取っておいたが、それも結構面白い。句柄や生活の変化などが、ふっと浮かび上がってきたりするようだ。
国会図書館は、京阪奈丘陵の一角にあり、外に出ると、空の広さをつくづく感じる。日没後の寒風が、地表を舐めるようにして吹いてくる気がする。酷く寒いので、ダウンジャケットにすっぽりフードを被った姿で、バスを待つ。宵の明星が西南の空にきらきらと輝いている。それもまた、寒い。
夜、年賀状のデザインをする。骨董市で買った陶器の犬があるので、それを使う。玄関に、猫仏と一緒に並べて置いてある犬である。デジカメで撮って、ちょっと加工して文字も入れて、思った以上に面白いものが出来た。勢いに乗って、印刷もする。キャノンの随分古いプリンター(なにしろ、安いのにB4の印刷が可能なのだ)を使って印刷をする。送り出しの調子が悪いので、手を添えて10枚ずつ印刷する。随分と時間がかかる。結局、10枚ほどミスが出る。これは、後日郵便局で新しい賀状と交換してもらうつもり(1枚につき5円必要だったか・・・)。
【12月10日】
朝から、快晴。東向きの居間の窓から、明るい朝日が、居間に隣る和室の奥まで差し込んでいる。軽く暖房をいれているけれど、外気を遮断した状態だから、暖房を切っても日差しの暖かさで快適に過ごせそうである。
昨夜は、忘年会。京都駅近くの某ホテルにて。沢山の参加者を得る。ドリンク・フリーと言うことで、テーブルにビール・お酒・ワイン・焼酎のグラスを並べ、飲みかつ食い、かつ、喋る。ついに、酔った勢いで「ケーキ・バイキング」に挑戦。2回お代わりをして、9種類ほどのケーキを食べる。美味。しかし、こんなにたらふくケーキを食べるなど、数十年ぶりのことであろう(「あろう」、と言うほど、記憶にない)。帰宅後は、すぐに寝る。食って、飲んで、寝る。なんとも簡潔な夜であった。
朝、いつもの「歩き+走る」に出かける。昨夜の忘年会の話の中で、同僚が山の手の住宅地の豪邸(某建築会社の社長が、自分の為に建築した邸宅だとか。台所に天窓があって、月を眺めながら調理が出来るそうだ。なかなか風流な造りである)に引っ越した、と言っていたので、いつものコースの近くだったので、ついでに立ち寄って外から見学することにした。6時半に歩き出し、目的の豪邸も見学し、山の手を一回りする形で帰って来る。思ったより寒くなくて、体感で言えば、外気温は5度前後であろうと思う。このところ、毎朝職場の外壁に設置された温度計と自分の気温に対する体感とを確認する事をしているので(そんな事をしてどうなるのか、あまり意味はないと思うけれど)、大体合っているだろうと思う。
帰宅後、いつもの通りベランダに洗濯物を干し、朝風呂に入り、コーヒーを飲んで、「日々録」を書く。すでに2学期の授業は終わり、金曜日から期末試験の期間に入っている。テストはすべて完成、金曜の試験は頑張ってその日の夕方までに採点を終了。月曜日からは、引き続き採点・成績整理・学習合宿の準備、おまけに「第九」の本番と慌ただしい。しかし、今はちょっと気持ちに余裕がある。それが嬉しい。今日は、午後から国会図書館に。明日は、午前中年賀状作り(最近は、PCとプリンターに頼り切っているので、まさに「作り」という有様である)、午後は「第九」ステージに立つ条件の練習回数クリアのためにも、最後の練習に参加するつもり。
【12月6日】
本当に寒い一日だった。半日、本格的な冷たい雨が降り、午後になって、家並みの遥か向こう、雲の切れ目に見える京都西山が降雪で白くなっていることに気付いた。山では雪になっていたのだ。昨日、愛宕山が初冠雪(だと思う)、職場で初氷を見たばかりだった。中庭の欅の紅葉が、一気に枯れ寂びた状態になってしまった。
夕刊によると、昔々暮らしていた岩倉では、5センチの積雪があったらしい。もっとも、出町柳辺りを境にして、気候区が違っているなんて事をかつて聞いたことがあるような気がするので、そんな事もあるか、と思う。
「あたたかき十一月もすみにけり」の句を持ち出すまでもなく、これから本格的な冬へと季節が移って行くわけだ。ネットでたまに見る、故郷の山大山のライブカメラの画像が、今日は一面真っ白になっている。道路に残る雪の轍から、積雪がすでにかなりあることが伺える。昼間の上ノ原スキー場辺りの映像である。お湯割りの焼酎を飲みながら、そんな寒々とした景を見詰める。
【12月4日】
朝起きて走るつもりが、7時過ぎまで寝てしまった。天気が、今ひとつで、細かい雨が降っている。ただ、寝足りて気分は良い。
今日は「運河城陽句会」の日だけれど、持ち帰り仕事を済ませなければならないので、やむなく欠席する。一日仕事になりそうだ。午前中、仕事を進め、昼食のラーメンライス(買い物に行けば良いのだが、面倒くさいので)を食べ、今一休み。お腹が落ち着いたら、午後の部に入るつもり。
ミリオンセラーになっている『さおだけ屋はなぜ潰れないのか』山田真哉著を読む。軽く読めて、結構面白い。こういう本が売れるのだろうな、と変に納得する。
年内に『鼎座』をもう1度出す予定であったが、連句の為の3人の予定がどうしても取れず、第5号は、年が明けてからという事になる。細く、長く、楽しんでいければ、と思う。
【12月3日】
ここのところ、平日の書き込みが完全に滞っている。もう少し時間と気持ちに余裕が生まれれば、ありがたいのだけれど。
木曜日の指揮者レッスンは、結局休む。金曜日のレッスンには、かなり遅れて何とか参加。これで、9・5回(中途半端な数字だけれど)参加となる。10回を越える参加状況でなければ、ステージに立てないという条件なので、かなり厳しい。来週の定例レッスンは、ほぼ参加は無理なので、その後の日曜レッスンに出て、なんとか10回を越えるという予定である。今回は、一度も本番指揮者の練習を受けないまま本番を迎えることになる。こんな事は、初めての事だ。金曜日の練習の際、指揮者レッスンのカセットテープを500円で購入する。練習の到達状況は、本番に対する7割弱くらいだろうか。ソプラノの声が、かなり出るようになっているようだ。
土曜日。丹後の「すき句会」。前回は、仕事の為に欠席。今回は、席題7句と持ち寄り1句という、初めての形式での句会となる。席題は、「肝臓茸」「なめ茸」「冬苺」「蝮草の実」「柿」「蜜柑」「ななかまど」。「肝臓茸」と「蝮草の実」は、前回の句会で持参されたものを席題とされたようで、私は残念ながらどちらも現物を見ることは出来なかったけれど、かなりインパクトの強いものであったらしい。8句投句8句選(うち特選3句)。新メンバーが加わり、句会はますます面白いものになってきた。今回の句会のもう一つの目玉は、メンバーの方の句集の1句鑑賞であった。吉田啓郷氏の『春蝉抄』が対象となる。新鮮で瑞々しい句集である。元「草苑」の会員さん。
岩城先生は、奥様と丹後泊まり。一人で、ビールを飲みつつ、帰京。ビールの酔いのせいか、行程の半分くらいは、眠り込んでいた模様。