日々録
日記のようなものを書いてみようかな、と思いました。
備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、という事です。
一人言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さい。
06.6「日々録」
06.7「日々録」
06.8「日々録」
06.9「日々録」
06.10「日々録」
【06年11月26日】
23日。恒例の鴨川吟行会。今年は、現役受講者の参加がなかったのが残念だけれど、辻田・大石・岩城各先生をはじめ、学生・OB・お手伝いなど総勢15名の参加者となる。天気予報は崩れるとのことだったが、幸い終日曇天であった。幹事の石動さんの提案で、下鴨神社方面を廻ってから、鴨川河畔を丸太町まで吟行することとなる。糺の森の紅葉を家並み越しに眺めながらの散策。下鴨茶寮では、テレビ中継の準備をしている様子なども見物する。タネゲンさんの横の広場で、しばらくぼんやりと今年初のゆりかもめの姿を眺める。ちょうど遅れて来られた杉浦さんと一緒になり、近況などを話ながら丸太町まで歩く。昼食後、句会場へと移動し、1時から鴨川吟行句会が始まる。参加者は5句投句7句選(うち、特選1句)。講師の先生方は、5句投句選句は自由(特選は3句)。面白い句がたくさん披露される。最高点は9人に選をされた富吉さん(辻田克巳主宰『幡』の編集長)の「マフラー」の句、高点句には辻田先生の「タネゲン」の句、杉浦さんの「水鳥」の句、岩城先生の「ガム」の句、小田さんの「先生」の句などがあった。4時半までの句会。その後、席を移して二次会。楽しい集まりであった。
金曜日。仕事を終え、大急ぎで「第九」の練習会場へ。四条烏丸まで行かなければならないので、大変だ。1時間遅れで到着。会場は、小さなホールなので、満員状態であった。本番まで半月あまり、少しずつ「第九」らしくなってきている、という感触がある。練習後、いつもなら京都駅まで歩くのだけれど、ちょっと疲れているので、地下鉄で帰る。
土曜日。丹後の「すき句会」の日。京都駅は、観光客でごった返し状態だった。丹後行きの「はしだて1号」も満員状態。少し疲れているので、1席だけ残っていた指定席を初めて取る。時間に余裕が生まれたので、駅地下街の書店に行き、角川『俳句』の12月号を買ってくる。車中では、宿題の「菱取り・菱の実」について句作。10句ほど作る。丹波山地は紅葉が美しかった。岩城先生宅で、久し振りに犬のビッキーに再会。少し毛が抜けたと聞いていたが、見た目は変わらなかった。句会が始まるまで、玄関でビッキーと並んで座る。小春日和の暖かい日差しがとても気持ち良かった。今日は、所用の方が多くて、参加者は10名。5句投句7句選(特選3句)。今日の陽気にちなんで、席題句に「小春」が加わる。今日は珍しく岩城先生選に4句が入る。5時前には句会は終わり、一休みして、水野さんの車で駅まで送っていただく。水野さんは、日曜日の「翔の会」にゲストで参加されるので、駅で切符を買われる。待合室で別れてホームに出、「丹後ディスカバリー」が来るのを待つ。車中では、ここ数日読み続けてきた『子規 解体新書』を読み終わる。子規に関して、複数の論者が多面的に語る。司馬遼太郎の『人々の跫音』を読んでみようと思う。8時過ぎに京都着。そのまま急いで帰宅。「フーテンの寅」に間に合う。
日曜日。今日は、午後から「翔の会」。特別講師として、岩城先生の教え子だった清水貴久彦さんからお話を聞くことになっている。
【06年11月19日】
土曜日、午後。『林田紀音夫全句集』を買いに、京都市内へ。しばらく行っていないので、「三月書房」にも寄ってみようと思う。市内は、小雨模様。寺町小池を少し上がった所の古書肆で、かなり年代物の『俳諧栞草・春夏編』と毛筆の連句作法書を購入、1冊各100円だった。「三月書房」では、『子規解体新書』『中上健次エッセイ選集』『笑う人間・笑いの現在』を購入。いずれも半額で販売しているもの。『林田紀音夫全句集』は置いていなかった。店主のお爺さんと少し話す。歌集は沢山置いてあるけれど、句集は「出ない」ので、ほとんど置けない、との事。確かに、奥の壁一面に歌集がずらりと並べられてある。外に出ると、本格的に雨が降って来ている。少し歩こうと思っていたのだが、仕方がないので、寺町三条の方に引き返す。
「鳩居堂」でお香を買い、「平安画廊」で『桜井貞夫展~新作銅版画』を見る。第一印象が、とても俳句的な作品というもの。作品解説の掲示の中に芭蕉の言葉の引用があって、やっぱりと思う。ギャラリーの奥のソファーに作者の桜井氏が休んでおられたので、俳句に興味はお持ちですか、と尋ねてみる。「特には」というご返事だったので、少し感想を話して画廊を出る。変な客と思われたかもしれない、と思う。
そのまま河原町のジュンク堂書店に向かう。BALの上、5階から8階までが書店になっている。フロアーの奥まった辺りに俳句のコーナーがあって、1冊だけ『林田紀音夫全句集』が置いてあった。早速、購入。夕方の雑踏の中を京阪四条駅に向かう。若者が多いな、と改めて思う。京都は、学生の町である。
日曜日。朝から『フーテンの寅』さんのビデオを見る。最近はともかく夜9時を過ぎると、異常な程に眠くなってしまうので、土曜日の夜に見ることが出来ず、翌日に見る羽目となる。マドンナ役の秋吉久美子が良かった。一日雨で、夕方までずっと昨日買った本を読んでいた。『俳諧栞草』はぱらぱら程度、連句の作法書はかなり達筆なので少々読みづらかったけれど、半分ほど読む。これが随分面白い。その後、『子規解体新書』を読む。今日は、この『日々録』を書き終えたら、続きを読む予定。
【06年11月18日】
ネットの『増殖する俳句歳時記』というページを読んでいたら、諸九尼という江戸時代の女流俳人の句に出会った。何句か紹介してある中で、特に「夕がほや一日の息ふつとつく」に心惹かれた。歳時記の略歴紹介を引用すると、「作者の諸九尼(しょきゅうに)は一七一四年、福岡の庄屋の五女として生まれている。近隣に嫁ぐが、一七四三年、浮風という俳諧師を追って欠落、以来、京や難波で共に宗匠として俳諧に専念し、浮風の死後すぐ尼になったという、その時諸九、四十九歳。」とあり、この句は彼女の人生のどの地点での作かは分からないけれど、あるいは夫の死後、俳諧宗匠としての気の張る生活(あるいは、宗匠としての仕事は廃したのだろうか?)の中の一コマか、などと勝手に想像する。一日の生活を終え、疲労とも安堵ともつかない吐息をほっと吐き出す、そんな一人の女の人の姿を思う。
金曜日。帰宅が遅くなり、「第九」のレッスンは休む。今回は、多少無理してでもという思いで、皆出席を続けていたが、ちょっと一休みというところ。今回の第九も、岩城先生ご夫妻をはじめとして、十数名の方に聞きにきていただく。先週は、堺市で最後の指揮者レッスンを受け、西村氏のダイナミックな指揮の一端に触れ、面白い「第九」になりそうだ、と思う。京都、大阪、大津、和歌山のメンバーが集まり、一斉練習。さすがに、大迫力のレッスン会であった。冗談半分に、「本番はこの数分の一の人数になりますが、皆さん頑張りましょう」との西村氏のコメントで、練習終了。堺市は、冬型気圧配置のせいか、良い天気で、そのせいか明るく空の広い街という印象を受けた。
木割大雄氏から『カバトまんだら通信』の第二期六号を送っていただく。木割氏は『鼎座』をお送りして以来、『カバトまんだら通信』を送っていただいている。ありがたいことである。今号は、前書き(と言ってよいか?)にあたる「冬が来る前に」に続いて、「兜子の言葉、紀音夫の声」と題された「兜子、老いたり」という言葉を巡る赤尾兜子の思い出と、昨今刊行された『林田紀音夫全句集』に収載された未発表作品1万句に関わる思いを述べられたもの。両俳人に渡り「晩年」というものの持つ重みに触れておられるように思う。木割氏は、本当に心に沁みる文章を書かれる、と今回も思う。今号は、作品「三十七句」の他に、「ヴェトナム句集 仲村米子随行記」102句(仲村米子氏は沖縄出身、尼崎在住の琉球舞踊の名手といわれる方とのこと。ベトナムのフェという街で開催された芸能の国際フェスティバルに、木割氏が同行された際の「日記・・・・・・御本人の弁」とのこと)も掲載されていて、本当に読み応えのある一誌であった。三十七句より「ゆうれい草ならば小走り許さるる」「横臥するほかは何せむ浜昼顔」「秘話を喰い鮑喰い居る胃の腑かな」「海の日は韓日辞典借りにいき」「夕立や胸の隠しに古名刺」「涼しさに子規漱石のなま欠伸」「護るべき木の根の果てに螻蛄鳴けり」
岩城先生も『林田紀音夫全集』読み込んでおられるようだ。今月号の『俳句研究』12月号「俳人大アンケート」中「今年のベスト3句」はいずれも林田氏の句、「ベスト句集」は『林田紀音夫全句集』であった。そう言えば、運河創刊50周年記念会の時、妹尾健氏と『林田紀音夫全集』について話しておられたことを思い出す。
朝は良い天気だったのに、昼が近づくにつれてどんどん雲が厚くなってきている。明日は、山行の予定であったが、この様子では雨天で無理となりそうだ。残念である。琵琶湖の北西、京都府というより福井県に近い山に行こう、と同僚と相談をしていたのだが。
【06年11月12日】
日曜日。朝から良い天気だ。今日は、珍しく二度寝してしまい、起床したのは8時30分過ぎだった。今も、少し頭がぼっとしている。今日は、午後から堺市で「第九」の練習。結構時間がかかると思うので、早めに家を出る必要がある。それにしても、良い天気だ。山科の背後音羽山の山並みが、いつもより間近く見える。その向こうは滋賀県。夏などは、その山並みの向こうに雷雲が立ち上がって、雷鳴が聞こえるなどと言うことが何度かある。山並みひとつを挟んで気候条件の違いを実感したりするものだ。今日も、大津方面は雲が多そうだ。
昨日は、悪天のせいもあり、夕方のウオーキングを除いて、一日自宅で過ごす。『石部明集』を読了する。共通する素材の扱いや発想の構造化みたいなものを通時的に見ていく中で、昨日の印象批評よりはもうちょっとましな読み取りが出来そうな気がする。『醍醐会』で子規についてお話を聞いた和田克司氏がまとめられた『仰臥漫録』の冊子を読み直す。子規に対する熱い思いと、研究者としての真摯な姿とを改めて感じる。こんな先生に子規を深く教わりたいものだ、と思う。
土曜の夜は、『フーテンの寅』さんを見るのが楽しみになった。全48作品を毎週土曜日9時から1作ずつBSで放映している。夜の時間を2時間取られるけれど、見ないわけにはいかない。『フーテンの寅』さんの泣き笑いの世界を、すごく自然に受け止められるようになってきた、と思う。ただ、『寅』さんの世界が、一種の大人のメルヘン的なものとして受け止められる側面があるとしたら、それだけ今の社会や時代がますます息苦しい状態へと落ち込んでいる証のように思う。私自身は、時代や社会に逆行しようがどうしようが、『寅』さん的世界を大切にすべきだと、つくづくと思うものだ。
島田牙城氏が世話役をつとめる里俳句会の俳誌『里』44号が届く(これは、ちゃんと誌代を払っているもの)。櫂未知子氏の『「俳」を見つけた 姑根性』が面白かった(御本人達にとっては、面白いどころではないのだろうけれど)。叔母なのに「姑根性」を発揮するあたりの屈折が醸し出す笑いなのであろうが、なんとも複雑な「笑い」ではある。まさに、「俳」の発見なのであろうと、納得する。作品の方は良かれ悪しかれ「多士済々」という印象。それにしても、会員の若いお二人(佐藤文香氏と谷ユースケ氏)が、『角川俳句賞』の予選を通過されていた事は注目した。
【06年11月11日】
土曜日。久し振りの雨のように思う。朝、一度ベランダに干した洗濯物を、皆室内に入れる。稲荷山の頂上辺りに、うっすらと雨雲がかかっている。先々週、久し振りに稲荷山の頂上まで登った時は、まだ紅葉にはほど遠い状態だったが、今日見ると少し山全体の色が変わっているのが分かる。来週は、それこそ本当に久し振りに山登りに行く予定だ。天気が良くなることを期待する。
図書館の行事で、古本市と手作りの栞コンクールがある。ふと思い立って、古本を6~7冊と、これまた久し振りにちょっとしたイラストを書いて、匿名で栞コンクールに応募する。その結果が出たのが、金曜日。入選はならなかったけれど、ちょっとは注目されたらしい。生徒の描くイラストとは、随分異質なところがあるから、当然と言えば当然かもしれないけれど。それにしても、図書館のある3階からは、西山から遠く六甲山の方まで見通せて、今週は毎日綺麗な夕日を眺める事ができた。冬が近づくにつれ、好天の日が多くなるそんな恩恵の一つであろうか。日没の頃、ちょっと手を休めて、夕日を眺めに三階まで上る。
『鼎座』をお送りしている余禄?か、妹尾健氏から『草樹』を送っていただいた。今回送っていただいた6号は、読み物として宇多喜代子氏の『自選句通覧』と妹尾健氏・杉浦圭祐氏インタビューによる『俳句史探訪 木割大雄氏に聞く』が特に読み応えがあって面白かった。面識のある人の句を紹介すると、丸山景子さん「すぐそこも山河と思う秋の声」、吉田啓郷さん「一匹の金魚が家を明るくす」、杉浦圭祐さん「爽やかに天満宮を俯瞰せり」、妹尾健氏「つぎつぎと野分呼び込む夜の雲」競泳からも一句「草臥れてバス待つばかり稲の花」。宇多喜代子氏の作品から三句。「秋深き火床より父祖蘇る」「撲ち合うてしろがね深き芒かな」「見ず言わず聞かずの一日授かりぬ」いずれも面白い句だな、と思う。
樋口由紀子さんから送っていただいた(いただきものが多い事だ・・・・・・)セレクション柳人『石部明集』を読んでいる。「死」「不在」「否定」、あるいはそれらから逆照射される「生」の諸相のようなものを句集のあちらこちらから感じる。乾いたニヒリズムや含羞に裏付けられたダンディズムのようなものを思ったりもする。
「第九」の練習も、後半に入る。昨日は、遅刻のついでに、しばらく客席から歌を聴く。思った以上にまとまりのある演奏だけれど、男性の声がどうしても女性の声に呑まれてしまって、聞こえにくい部分がある。ベースの声は随分きれいであったが、もう少し低音の魅力が発揮されると良いのだが。テノールは、少ない人数をカバーして頑張っているけれど、まだ少しばらつきが在る感じ。アルトは、人数の割には大人しいような気がする。ソプラノは、逆に元気一杯だけれど、元気が余ってちょっとはみ出す人がいたりする。全体としては、もう二頑張りくらい必要だと思う。明日は、第二回目の指揮者レッスン。はるばる堺市までいかなければならないのが、少々辛い。
【06年11月5日】
甥が「日本クラシック音楽コンクール」の中国地区本選会に参加するので、倉敷まで出かける。会場は、新幹線「新倉敷駅」からタクシーで10分ほどの「玉島文化センター」。立派な会場だけれど、聴衆は吃驚するほど少ない。甥っ子はトロンボーンの演奏。7時過ぎに演奏、8時過ぎに管楽器部門の発表がある。残念ながら、入賞は逃したけれど、予選会の時に比べると一段と上手くなっているな、と身贔屓でなく思う。
コンクール終了後、そのまま弟の運転する車で帰省する。6日に県の俳句大会が開催されることを知り、昨年あることでお世話になった大会選者の俳人のH氏やM氏にお会いする良い機会と考えたからだ。夜の高速道路を3時間弱走り、帰宅。三代目ジェニビーに久し振りに出会う。愛想なしの犬だけれど、再会ということがあるのか、ちょっと甘えてくる。
土曜日。一日のんびりと過ごす。
日曜日。母と一緒に県の俳句大会に飛び入り参加する。母はこのような集まりは初めてであった。前半は、表彰式。後半は、句会。その合間に、H氏とM氏とに初めてお会いして御礼を述べる事が出来た。句会は、1句投句。母も初めて句会に参加し、選にも入る。「面白かった」とは終わってからの母の感想だった。電車の時間の関係で、句会終了前に退席し、母の車で駅まで送ってもらう。帰京。新幹線は、酷い込み方であった。JR、いい加減にしろ! と心底思う。
この3日間で、河東碧梧桐著『子規を語る』を読む。明治29年までの子規に関わる思い出を語ったもの。新幹線の中でも、不自然な格好で読んでいたもので、ちょっと体が変である。しかし、面白かった。子規のみでなく、明治の青年群像風なものとして面白かった。附録として、子規の母や妹の律さんの思い出話なども紹介してあって、それも興味深いものだった。
【06年11月1日】
十一月に入った。朝は、上着をちゃんと着ないと寒い。数日前までは、上着をザックに入れて通勤していたのだが。
日曜日。『醍醐会』。子規の研究者の和田克司氏をお招きして、正岡子規の『仰臥漫録』についてお話を聞く。熱のこもったお話を、身につまされる部分もあって、本当に感動しながら聞く。引き続き、二次会でも和田氏から子規に関わるお話を聞き継ぐ。正岡子規に促されるようにして研究活動を続けていると冗談めかして話される和田氏に、研究者としてのすごさを感じる。また是非お話を聞きたいと思う。
月曜日。『鼎座』第7号の発送終了。引き続き、第8号の企画について考える。出発の段階で、話し合っていたことを少し実現出来たら、と思う。
柳人の樋口由紀子さんから、『バックストローク』と『石部明集』を送っていただく。多謝。『石部明集』は楽しみにしていたので、本当にありがたい。早速読み始めたいと思う。