日記のようなものを書いてみようかな、と思いまし
た。 備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、とい う事です。 一人言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さ い。 |
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【12年6月30日】
6月も本日で終わり。今年も半分が終了することになる。
各神社では、茅の輪くぐりの神事なども行われるのだろうか。ともかく、「水無月」を買ってこなければ、などと思う。
1週間も、終了。ともかく、忙しい毎日だった。
こちらも一区切りで、ほっと一息。
金曜日は、「レクイエム」の指揮者レッスン。前回は、週半ばということもあり、完全に失念していたのだが、今回は定例レッスンの日にあたるということで、すっぽかさずにすむ。
指揮者藤岡幸夫氏のレッスンは、パワフルでユーモアたっぷりで、充実したものだった。
この指導を受けて、残り二回のレッスンの後、京響との合わせを経て、7月14日に本番を迎えることになる。
神は細部に宿る、なんていう言葉があったようにも思うけれど、いかに細部を繊細に歌いきるかという点が、今回の「モツレク」の大きな課題である。
それにしても、今回の楽譜はジェスマイヤー版を使っているのだが、そのジェスマイヤーと言えば、モーツアルトの死後、『レクイエム』の「ラクリモーサ」4小節以降を彼に代わり代作した作曲家というイメージだったのだが、今回のレッスンを通じ、また藤岡氏のジェスマイヤー高評価といい、単なる代作者に終わらない人物らしいと知る。
そう言えば、今回の楽譜には曲の大半に「モーツアルトとジェスマイヤー」作曲と付されている。共作とまでは言えないけれど、映画『アマデウス』のサリエリの姿などを思う。
瀕死のモーツアルトの指示を受けつつ、作曲を続けるサリエリの「わかる、わかるぞ」という(ちょっと記憶があいまいだが)セリフが、天才の創造の法悦境に触れる凡庸な一人物の(そうなるともう凡庸とは言い難いのだが)喜悦が印象的だったが。
邑書林から、宮沢春花氏の童話集『熊子のラッパ』を送っていただく。宮沢氏は俳句結社『里』の同人の方である。見開き4ページ分の短いお話をまとめられたもので、懐古的な懐かしさを感じさせる作品集である。
合わせて『里』105号を送っていただく。今回は、「中西其十を読む」と題された特集。前号を受けての、寄稿特集である。
などと、書きつつ、雨の降らないうちに「歩き」に出るが、近所の神社に向かいつつ、ちょっと待てよと思う。神社の行事は旧暦に従うのだろうか。すると、茅の輪くぐりはもっとあとになるのではないか。実際、歩いて行ったかなり有名なその神社は茅の輪の気配もない状態であった。ちなみに、帰宅後カレンダーで確認すると、旧暦の6月30日は、新暦の8月半ばにあたっていた。「水無月」は、近所の大型スーパーで売っているだろうから、そちらをいただいて今風「夏越の祓」を済ませることとしようかと思う。
【12年6月24日】
土曜日。持ち帰り仕事は、昼食をはさんで、昼過ぎに終了。
買い物に行って後は、辻田克巳句集『春のこゑ』を夕方まで読む。
途中、気分転換に角川『俳句』7月号を少し読む。辻田作品に比べ、亡くなった八田木枯の作品をのぞき、本号の掲載作品は全体的に読み劣りがする。なぜだろうかと思うのだが、おそらくそのことも、7月の「醍醐会」で触れることになる話題のひとつになるように思う。
ファックス付き電話が不調状態で、結局新しく買い換えることにした。ネットの「価格com」で手頃な機種が見つかったので、amazonから当日配達で申し込んだら、夕方には注文の品が届いた。当日配達だから当たり前といえば当たり前なのだが、それでも便利なものだと改めて思う。
すぐに新しいものを設置したけれど、大きさも一回り小さくなり、色々な機能もありということで、なかなか良い感じである。
夕食は、中華丼とブリカマ。
夜、もうひと「歩き」する。体重がこの1週間高め推移だったので、ちょっと気になる。
日曜日、朝。体重が前日比で1キロ減。やはり、夕食後、歩くのは効果があるようだ。
サラダとパスタ、コーヒーの朝食。一休み後、涼しいうちにと「歩き」に出る。
【12年6月23日】
気がつけば、もう土曜日である。6月も下旬となっている。
例年、6月は暑くて長い一月という感触があったのに、今年はちょっと様子が違うようである。
古新聞をまとめて、リサイクルに出す。専用袋に入れて集積場まで両手にぶら下げて持っていくが、戸外は涼しくて気持ちよい。
日が高くなれば、蒸し暑くなるのだろうが、この時間帯(6時過ぎ)は快適である。
洗濯を済ませ、朝食を終え、一休みしながら、久しぶりに「日々録」を更新する。
昨夜は、進路部の遅ればせの歓送迎会。市内の某ホテルで、ボリューム満点のすき焼き。皆、堪能されたようだ。
私は少々体調が良くなくて、ちょっと食べて、飲んで、一次会のみの宴会だったので、早々に帰宅。
アルコールが入ったせいで、わりと良く眠れる。夜中に目を覚ましたのも二度だけであった。
本日は、朝のうちに「歩き」の予定。今日も過日の指揮者レッスンのテープを聞きながら「歩く」つもりだが、指揮者の藤岡幸夫氏のレッスンは喋りがおもしろくて、歩きながらつい笑出したりもしたものだ。とはいえ、指示内容は的確で厳しくて、果たして本番までにどの程度課題のクリアが可能であろうか、とやや気懸かりではある。とはいえ、本番に強い合唱団だから、何とかなるだろうとも思うけれど。
その後は、持ち帰り仕事を片付けることになるだろう。時間がかかりそうなので、気が重い。
『日本美術全史』車中での読書だけれど、分かりやすくて面白い。これで、図版がもう少し大きければと思うのだが、文庫本にそれを期待するのは間違いであろう。それにしても、本当にたくさんの図版が収載されてある。出来れば、その図版だけで一冊の本にしてくれればよいのにと思う。
【12年6月19日】
直撃するかと思われた台風は、ずいぶん東の方に逸れたようである。
とは言え、夕方の京都は、雨と風の様相である。大きな木が、ゆらゆらと揺れるほどの風は吹いているようだ。
甥の学校は、早々に休校になったということで、今日は早めに帰ってきたようである。
こちらも電車が止まると、職場泊か、歩いて帰宅という羽目になるので、退勤時間が来たら早々に帰宅する。
九州の兄からスカイプが来る。九州の方は、一時かなり強い雨と風だったようだが、現在は落ち着いているらしい。
不謹慎なようだが、台風のおかげで帰宅してちょっとゆったりと時間を過ごしている。
田中秀道著『日本美術全史』を読んでいる。文庫本でありながら、1800円。とは言え、図像も豊富に掲載され(白黒でサイズは小さいけれど)、面白い。
この解説で、鮮明なカラー作品が掲載されたものなら、ずいぶん豪華版の書籍になることだろうと思う。
西洋絵画の流れとの関連の中で、日本の様々な分野の芸術作品を位置づけていこうとする(だから、全史ということになるわけだが)、意欲的な著作である。
講談社学術文庫の1冊である。
【12年6月17日】
1週間が、見る間に過ぎ去る感覚である。
そのせいか、水曜日の合唱の指揮者レッスンを、完全に忘失していて、無断欠席ということになった。
今回は、当日の練習テープを購入して、自主練習と言うことで事なきを得たが、次回はちょっとまずいことになるかもしれない、と思う。
ともかく、1週間が早い。
ここしばらく、通勤の往復で読み継いできた『加藤楸邨句集』を読了する。3000句あまりの作品。往復の車中のみの読書なので、1度に数ページづつ読み、2週間以上もかかってしまったけれど、その間、飽きることなく読み続けることができた。飽きることなく、とはやや不謹慎な物言いかもしれないけれど、一人の作家の作品を継続して3000句読むというのは、かなり大変なことでもあるのだ。早い話が、面白くなけれは、読み続ける気力を失うということだ。
楸邨は、大変面白かった。なんとなく堅苦しい作家という印象を持っていたのだが、全生涯の句作を通覧することで、その断片的な印象は払拭された。
土曜日。丹後「すき句会」。日程的に不都合があったのか、欠席者の多い句会となった。
宿題は、「柏の花」。今回は席題はなし、の6句投句、7句選となる。Mさんが、わざわざ柏を二枝もってきて下さる。立派な葉がたくさんついていたが、花期はちょっと過ぎていたようだ。
投句数は、普段より少なくなったけれど、その分、作品鑑賞と、作にまつわるお話はたっぷりと聞くことができた。初めて聞くような習俗についての話も出た。
岩城先生は、そのまま丹後泊で、一人帰京。
車中では、いつもの通り夕食代わりに発泡酒などのみつつ、暮れ遅き夕景などを車窓から眺める。昼と夜との境界の時間帯とその景は、なんとなく面白い。
後半は、うつらうつらしているうちに、いつの間にか亀岡駅であった。
日曜日。5時過ぎ、起床。簡単に朝食を済ませ、一休みの後は、とりあえず朝の内に持ち帰り仕事をひとつ片付けようと思う。
午後は、辻田克巳氏の句集の再読にあてることになるか、と思う。
外は、意外にも良い天気である。
ベランダに寄ってくる鳩が鬱陶しい。糞害のこともあり、なんとか追い払うすべはないものかと思う。
それにしても、久しぶりの『日々録』更新であった。
【12年6月10日】
土曜日。雨もよいの一日。
家籠もりして、『醍醐会』用のレポートの下準備。
7月末に辻田克巳氏の句集『春のこゑ』(先般、俳人協会賞を受賞した句集)のレポーターの一人をつとめることになっている。
どういう視点で切り込んでいこうかと考えて、ひとつ思いついたので、それ以前の先行句集4冊を含む5句集を通読しつつ、作品をピックアップして、とりあえずエクセルでデータ化しておく。本当は、桐の方がデータベースとしては使い勝手を知っているのだが、とりあえずということで。
さらに、ひとつではレポートとして不十分かもしれないので、もう一点別視点から整理を始める。
句集鑑賞ということならば、当該句集を読み、気に入った句を拾い上げて、内容的に整理して紹介しつつ、感想を述べて、というようなことになるのだろうが、話題提供という点から言えば、それだけではどうかなという思いがあるので。
しかし、私はこう読みました、ということを提示するだけでも良いのかもしれないけれど。
句集を読み、それを話題として提出するのは、同時に読んだ人間自身の読みが問われるということであるわけだし。
作業に疲れると、本屋大賞の上位入賞作品である大島真寿美の『ピエタ』をちょこちょこと読む。昔読んだ、辻邦生の『回廊にて』という作品をふと思い出したりする。
文字通り「物語」としての性格の強い作品である。古くさい言い方をすれば、ちょっとバタ臭い作ということになるか。
夕方、買い物。霧のような雨が降っている。ところどころ青空が覗いているにもかかわらずである。
湿布薬や食材などを買って帰る。
夕食は、ポークソテーと温野菜、クリームスープ。カロリーが高い。
合唱のテープを、パソコンに取り込んでデジタル化する。よく聞く曲は、テープのままだとどんどん劣化していくので、その対策として。
フリーのソフトを使い、再生装置がソニーの小型プレイヤーという悪条件ながら、そこそこ聞ける音質で、まずは『創生記』をデジタル化完了。
日曜日。高曇りの空。雨はなんとか大丈夫のようだ。
【12年6月9日】
暑くなったせいか、少々疲れ気味。
腰痛と右肘の痛みも相変わらずで、なんとも鬱陶しい。
昨日は、近畿圏も梅雨に入ったらしく、午後には雨が降り出し、夜に入ると雨脚は強まった。
夜、「レクイエム」の練習に参加。今週の会場が、自宅に近くてありがたかった。雨の中、歩いて会場まで。
2時間半ほどの練習の途中、参加者の一人が(恐らく貧血で)倒れて、驚く。立ったままでの練習なので、歌うこととは別に体にこたえるのだ。
私も、途中二、三度、その場にしゃがみ込んで休憩をとってから、歌に参加するという有様であった。気分的には高揚するけれど、体から疲労感は抜けない。
練習を終え、ざんざん降りの雨の中を、帰宅。
連日帰宅の遅かった甥は、今日は早めに帰って来たようだ。大画面テレビに機材を繋いで、ゲームなどやっている。
こちらは、即就寝。本も読まないで、寝る。
本と言えば、過日芥川賞を受賞した田中慎弥の『共喰い』を読む。図書館に置いてあったもの。
田中は「(芥川賞を)取って当然」という発言で一躍有名になったが、作品は今ひとつであった。中上健次の亜流的な作品で、内容・表現ともに中上健次に比べると数段落ちるという印象。確か、選考委員の石原慎太郎がたいしたことないなどと評価を下していたのではなかったかと思うが、妥当なものだ(もっとも、石原慎太郎の芥川賞受賞作品の『太陽の季節』も風俗的な意味合いを除けばたいしたことのない作ではあったけれど)。
土曜日。4時過ぎに起床。居間から外を見ると、雨で風景が煙っている。かなり強い降りだ。
パスタとサラダ、珈琲の朝食。
今ひとつ、疲労感が抜けない。こんな調子で、節電の夏が乗り切れるのだろうか、などと思う。
【12年6月5日】
土曜日、午後。京展を見に、京都市美術館まで出かける。造形・日本画・陶芸・洋画と見て回る。版画と書道は、ちょっと眺める程度。
造形が、とても面白かった。確かに、「がらくた」に近いもの(これがめっぽう面白かったが)からオーソドックスな作品(これは案外つまらない)に至るまで、本当に作家の意向と意匠が生かされた作品が、会場一面に展開してあって、本当に楽しめた。
それに比べて、洋画は今ひとつ。特に、日本画との境界はどうなっているのだろうか、と思える作品が散見していて、日本画が素敵だった分、絵として魅力が激減してしまったような気がする。
その中で、一点強烈な印象を残す洋画作品があった。唐仁原希の「star」。市長賞やら。京都市美術館賞などを受賞した作品。その作品は、一度見たら忘れられないものではないかと思う。でも、ものすごく好き嫌いが分かれるだろうな、とも思う。造形を見て、この1作を見て、とても満足して、京展から帰る。
日曜日。昔昔の卒業生達とのBBQ。大いに呑み、かつ食べ、近況などを報告しあって、冗談を言い合って、大笑いして、ひたすら楽しい一日だった。
いつになく大量に飲食して、呑み疲れして、早めに(と言ってもすでに日は没していたのだが)失礼する。
月曜日。ひどい腰痛に襲われる。昨日、はしゃぎすぎたせいなのだろうか。
特に、椅子に座った状態からは、痛くてまともに立ち上がれない。
4時間の授業と会議を一つこなし、手すりにつかまりながら、4階までの階段を3度上り下りして、勤務時間終了後、即退勤する。
帰宅後、湿布を腰に張り、寝る。
火曜日。なんとか腰痛からは回復。午前中は、仕事。午後は市内に出張。
日曜日のBBQについて、メールをもらう。しみじみとした内容で、あの集まりに参加できて、本当によかったと思う。次は、冬の鍋大会だろうか、楽しみである。
甥は、コンサートに行くらしくて、今夜は帰って来ないようだ。
のんびりと過ごす。
【12年6月2日】
金曜日。夜の練習は休む。少々疲れ気味である。
甥は、本日がコンサート本番。自分が責任者となった音楽会で、かなりプレッシャーを感じていたようである。
打ち上げのため、帰宅せず。
こちらは、明後日の予定を明日と思い違いして、間抜けたメールを打ったりする。
疲れる。
土曜日、4時過ぎに起床。洗濯をして、朝からカレーを作る。買い置きの肉が微妙なので、カレーに仕上げる。
7時過ぎから、持ち帰り仕事。
いまひとつ気力が続かないので、休み休み文章添削をこなす。文章の添削は、意外と集中力が必要で、その分盛大に疲れるのだ。
何とか、昼前には終了。ひどく眠くなる。
午後は、京展に出かけるつもり。
若手作家達の作品を楽しんでこようと思う。特に、造形・工芸部門など期待している。
明日は、昔昔の卒業生たちとのBBQ。
体調を整えておかねば、と思う。
『加藤楸邨句集』を読み継ぐ。ネット掲載のある記事では、9000句あまりを3000句に絞るのは「厳選」とは言い難いとの発言があった。確かにそう言えばそうかもしれない。その作家の個性や特徴がくっきり浮かび上がるのであれば、3000句を300句に、さらには30句に絞りこむことも可能なのかもしれない。しかし、その作家の姿をある程度総合的に眺め渡したいと思えば、また事情は違うようにも思われる。
私などはつまるところ『全句集』を読め、ということになるのだろう。
NHKの番組で、農村歌舞伎を継承しているある地域についての番組があった。地域の人達によって支えられ続け、地域の人達によって楽しまれてきた歌舞伎。確かに、プロの演者達による洗練された舞台とは違うけれど、演ずる方も見る側も一体となって歌舞伎を楽しんでいる姿は感動的であった。
経済効率ばかりを優先させ、文化の保護・継承に対し、何の意も持たず何の行動も起こそうとはしないどこかの市長とは大違いであると思う。