日記のようなものを書いてみようかな、と思いまし
た。 備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、とい う事です。 一人言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さ い。 |
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【14年10月29日】
ここ数日、良い天気が続いている。
道路を挟んだ向かいの家では、この二日間屋根の葺き替え工事が行われている。防水シートを古いもののうえに貼り直し、瓦をすべて新しいものと入れ替える工事のようである。
二階の書斎からその工事が間近に見学できるので、書き終えた文章の推敲をしながら、結構頻繁に眺めている。
作業の手順などが面白くて、ついつい見てしまうのだ。それに、瓦葺き職人の手際の良さに感心したりもする。
初日は7、8人くらいの人が、2階の屋根上と道路とに分かれて作業を進め、二日目の今日は4人くらいの人が、引き続き1階の作業を行っている。
工事の人はこちらの事を気づいているかどうか分からないけれど、気づいていたら変なのがこっちの方をのぞき見ている、という風に思っているのかも知れない。
今日中に作業は終わり、明日は足場を解体するようだ。
自宅も、春先に屋根の塗り替えを行ったけれど、足場の上に登って、辺りを眺め渡すのはとても気持ちのよいものであった。
しばらくかけて書いていた文章は、なんとか書き終わったけれど、終わってみて重大なミスがあることに気づいた。
400字詰め20枚程度という枚数規定に従って、書式設定をしているつもりで、実は1ページ40字×20行で設定しており、20数枚書き終わった時点でそのことに初めて気が付いたのだ。
結果として、400字原稿にして36枚分書いており、大幅な字数超過となってしまっていた。
まだ日にちが少しあるので、ともかくかなりの部分を削除して、全体の内容の整合性や論旨などを整える作業をする羽目となってしまった。
現在、その作業が進行中。
削除したところの一部は、独立した内容にまとめなおして、知り合いの人に結社誌に掲載してもらえまいかとお願いの手紙を出す。
寝付きは良いが、かならず夜中に目を覚ます。だいたい2時から3時の間にはかならず目を覚ます。
目を覚ますと、晴れていれば庭に出て、空を眺める。少し寒いくらいだが、空気は澄んでいて、満天の星空が眺められる。
2時から3時あたりは、オリオン座が南天高くに見えて、さらにその北側にはぼんやりと昴の姿も眺められる。
ごくたまに流星を見たりもする。15分ほどの間に、おとといは4つ、昨日はごく暗いものを2つ眺めることができた。今朝方は、残念ながらひとつも出会えなかった。
星空を眺めるのも、帰郷してからの楽しみの一つとなっている。
まだ、外で作業は続いている。20代から30代くらいの人達が、屋根を葺き終わって、コーキングの作業などをしているようだ。
屋根の上方に目をやると、青空一色の午後2時の空に、薄く三日月がかかっているのに気づいた。
【14年10月24日】
ホンダ車リコール。
うちはずっとホンダだったこともあり、今回実家の車も、私が購入したものも皆リコール対象車となった。
こんなことは初めての経験だったので、早速販売店に確認の電話を入れ、とりあえず通勤に使う弟の車は早めに整備してもらえることになった。
運転中にエンジンが止まる恐れがあるということ。プラグ交換は30分程度、ノイズフィルター(だったか)の調整には2時間ほどかかるらしい。
幸い、母の車があるので、しばらくはそれを使わせてもらおうかとも思う。
文章のほうは、昨日でなんとか23枚ほど書けたので、一応目標の20枚をクリアできた。
これからは、全体を読み直して、内容の整合性などを調整していかなければならない。
昨日は、久しぶりに少し長めに歩いて、干拓地に作られた水鳥公園を見にいった。
すでに鴨が相当数飛来しているだろうなと思っていたのだが、出かけてみると、さらにオオハクチョウが数羽もうやって来ていることが分かった。
たまたま施設管理の人が、水際周辺の清掃をしておられたので少し話を聞いてみると、白鳥はすでに今月の12日にはやってきていたとのことだった。
さらに、鴨の数は今の時期が最大なのだが、ことしは周辺の水域に分散したせいか、この公園で例年確認される数ほどはいないらしい。それでも3000羽ほどがここにも来ているとのこと。
飛来する白鳥の数がもっと増えると、こんどは昼間は周辺の田地に餌を取りに散り、夕方になるとここへ帰ってくるのだが、夕方の空を背景にして、白鳥の大群が帰水する様はとても見応えがある。わざわざその情景を見に夕方を選んでやってくる人もいるほどである。今年も、その情景に出会えるのが楽しみである。
2閣僚の同時辞任、さらには新閣僚の不祥事と、まさにスキャンダル国会の様相を呈し始めている。
小渕氏の辞任の背景には、いかにも古くさい泥臭い日本の政治体質が根強く残存していることが露呈した。
同じような事情は、実は多くの政治家達にも共通しているのではないか、とも思われる。
それにしても、不正をただすことは大切なことであろうが、同時に政治本来の機能もきちんと果たしてほしいと思う。
意図的にそれを押し進める政権が一方であるにしても、現在の政治はかなり機能不全に陥っているのではないか。
【14年10月20日】
日曜日は、朝から良い天気だった。
今日は、地域の文化祭の日で、母と一緒に近所の集会所へ見物に行く。
絵画、パッチワーク、刺繍、編み物、書、手作り人形からペンダント、工芸品までとずいぶんたくさんの出展があって感心する。
なかには、ヒヨドリの剥製なども展示してあって、ちょっと驚く。
昼前からは、合唱やカウベル演奏、大正琴、詩吟などが披露され、さらにピアノの伴奏でチューバやフルートの演奏なども行われ、最後はカラオケで締めくくるという多彩な内容で、楽しめた。
地域の人達もたくさん見に来ていて、初めて顔を出したのだけれど、なかなか面白い催しだった。
文章の方は、やっと11枚までたどりつくが、この先どうするか、悩ましい。
夕方、「歩き」に出る。日差しが西に傾きつつある中を、海まで歩く。
昨日今日と、海の色が濃い。濃紺色の海が水平線まで広がる。天気が良いとその先はるかに島影が見えるのだが、そこまでは空気が澄んでいないようだ。
霊峰といわれる山はくっきり際だってそびえ立ち、その裾野がゆったりと海のほうへと伸び、陸と海が接するところから自然と水平線に繋がってゆく。
良い風景である、とつくづく思う。
【14年10月17日】
昨夜、テレビを見ていたら、高校時代クラス担任をしていた子が映っていて驚く。
念のためと、別の子にメールして確認してみると、間違いなく当人だったので、改めて驚く。
昨日、今日と良い天気が続いている。朝は、少し寒いくらいだが、昼間はぽかぽかと暖かく、快適に過ごせる。
今日、母を病院に送ったついでに、自分も診察してもらう。左腕が妙に痛んで、時には物を持つのもきつい時があるので。
結果は、テニス肘のようなものだそうだ。テニスなど、今までの人生を通じて数回しかやったことのない人間が、テニス肘(らしきもの)とは……。
どうやったらそんなことになるのだろうかと、我ながら不思議であった。
ストレッチの仕方を教わり、帰宅。
朝は、1時間半ほど近所を「速歩」で歩き、一汗かいて帰ってくる。
運動らしきものは、この毎朝の「歩き」ぐらいで、あとは夕方実家に行って、犬の散歩をする他は、日によってはほとんど外に出ないような生活になっている。
こんな調子で、毎日が日曜日生活に入ってから、半年が経過した。早いものである。
今日から、少し文章を書き始める。資料を読んでいるだけでは、そのままで予定の日にちになってしまいそうなので、同時進行的に読みと書きとを進めることとする。
本日は、400字詰め原稿用紙換算で3枚分ほど書く。
夜は、新たに古俳諧関係の本を読み始めるつもり。
数日かけて読んできた資料は、どの程度使えるか、大変おぼつかない。
どうなることか、今のところ見通しが立たない。
【14年10月15日】
台風一過後、ようやく天気が安定したようである。
先週の土曜日は、丹後「すき句会」。宿題は「思ひ草」、席題は「雁金草」であった。
「雁金草」は、岩城先生が持参された。紫の小さな花で、異臭ありということだったが、嗅いでみるとそうでもなかった。
今回は、欠席投句されたNさんの句が面白くて、いろいろ心を砕いて句作りをしておられる成果があらわれているように思えた。
往復の車中では、読書。辻田先生のことを書こうと思っていた予定が、大きく変わり、急遽石田波郷へと切り替えることにする。
とはいえ、波郷関係のまとまった資料が角川の『石田波郷読本』他数冊しかなかったので、とりあえず『読本』の波郷句集6冊分を読むことから始める。
あまり時間がないので、車中でも本読みということになった。車窓の風景を楽しむ余裕がなくて、残念であった。
町はちょうど秋祭りの日で、句会を終えて駅へのみちすがら、山車を後ろに従えた太刀振りの一行に出会う。主に子供達が山車を引き、舞を舞う。大人達がそれに付き従うという風情。面白くて、携帯でその様子を2,3枚撮る。
お祭りと言えば、その恩恵にも浴して、お土産に栗おこわやらサザエ飯やらをいただく。
帰宅後の食卓が、ずいぶん豊かになる。おおきな栗がふんだんに入ったおこわも、野趣満点のサザエ飯も大変美味しかったです。
日曜日。刻々と本州に接近する台風を気にしながら、一日読書。
月曜日。一日雨と強風で過ぎる。句集、読了。引き続き、随想に移る。
火曜日。ぐずつく一日。台風一過の晴天は実現せず。随想読了。句集評に移る。あわせて、手元にある関係句集を数冊読む。夜、一日延期となった合唱練習に出かける。のどの調子が悪くて、不完全燃焼状態で帰宅。
水曜日。やっと快晴となる。朝食後、早速「歩き」に出る。先週、歩いてた時に黒米を栽培している田圃を見つけ、そのときはたまたま同行者がいたので、ゆっくり見学できなかったので、それを見に行く。台風が来る前に刈られたかとも思ったけれど、まだ収穫はされていなかった。風のために、一部倒伏状態になってはいたが、大丈夫そうであった。すでに水は落としてしばらく経過した状態のようだったので、数日中には刈り入れされるかも、などと思う。
【14年10月8日】
朝から快晴である。
明け方は、寒くて、とうとう掛け布団を出して掛けて寝るほどであったが、日が昇ると、その寒さも薄らいだ。
1時間ほど「歩き」に出て、その足で、免許更新に出かける。
伏見にいる頃は、朝早く、近鉄竹田の駅前から羽束師方面のバスに乗って、免許更新センターまで時間をかけて出かけなければならず、行った先では大人数の中でずいぶん時間を取ったような覚えがあるけれど、さすがにこちらは人数も少なくて、さっさと更新手続きを終えることが出来た。
免許が不正使用防止のために、マイクロチップ内蔵型に変更になったということで、更新講習の最初に説明があった。
パスワードを2種類設定して、免許による本人確認の際には、それが必要になるらしい。煩雑ではあるけれど、しかし様々な詐欺行為が横行するようなこんなご時世だから、やむを得ないか、とも思う。
パスワードを忘れないようにしなければ。
施設内に認証装置がおいてあったので、試しに使ってみる。免許証を装置の認証部分に置き、二度パスワードを打ち込むと、本籍地やら顔写真やらを含む免許証が表面・裏面ともに画面に現れた。
なかなか面白い。
李白前巻を読了。後巻も続けて読みたいけれど、しばらくは我慢をして、秋元不死男の句集『甘露集』を読み始める。これも、文章を書くための参考資料になる、はずであったが、ちょっと難しいかもしれない。『甘露集』は、不死男の最後の句集であるが、老いの自在さが十分に発揮された句集で、面白いけれど、面白すぎて今の私にはよくわからない句がかなりあって、ずいぶん難渋している。
手元に句集がこの1冊ということで、読み始めたのだが、あるいはどこかにもう少し若い頃の句集が現代俳句全集とかの中に見つけられそうにも思う。
そちらをあたったほうが良いかもしれない、などと思う。
さて、今夜は皆既月食が眺められるらしい。このまま、快晴状態であれば、月食を堪能できるだろうが、どうだろうか。天気はよいのだが、妙に風が強いのが気になる。
南方海上はるかかなたでは、超大型台風が徐々に北上を続けているらしいが、この風もまさかその影響でもあるまいと思うが。
【14年10月6日】
台風の余波は、まだ残っている。時折強い風が吹き、雨は小止みなく降り続いている。
東海・関東地方はこれから、本格的な暴風圏に入る。移動速度はかなり速くなっているようで、一気に駆け抜けることになるらしいが、勢力が衰えないままでの上陸もあり得るらしい。
「死の商人」という言葉があった。いまでも使われているのかどうかは知らない。武器等の販売によって、戦争を商売の対象とするものの呼称であったと思う。もちろん、戦争の当事者ではないから、たとえば第二次大戦中の「三菱(軍需産業)」などとは同列には置けない、そんな存在ではあろうが。
昨日のNHKの番組で、日本の軍事技術の海外輸出に関する特集番組を放送していた。
これまで憲法9条とのからみで、基本的に軍事技術の対外輸出を禁止していた日本が、事実上輸出を解禁したというような内容であった。
「三菱が帰ってきた」との発言が語られたり、日本の高度な技術力に対する大きな期待感が、外国の担当者の間に広がっていたりとか、防衛省の担当官の日本国のお墨付きを得たという妙に浮かれた様子が映されたり、軍事関係の部品を生産することに対するためらいと、生活防衛のためにという思いとの葛藤に置かれた製造関係の人の姿が紹介されたりとか、NHKらしいそれなりの公正な報道内容を見ながら、しかしふと浮かんだ言葉が「死の商人」であった。
名目上は、日本の安全保障に資する場合にのみ、軍事技術の輸出を認めるということであるらしいが、その判断基準はどの辺りに求められるのだろうか。また、一度輸出された技術がさらに転売されようとするとき、それを止めるすべは日本にはないようであるし。
日本の高度な技術が、世界各地の紛争地域で高度に活用されるだけではなく、場合によっては日本自身を撃つという皮肉な結果がもたらされるという、そんな可能性もおそらくそこにはあるだろう。
自衛隊のみの受注ではおぼつかないという経済界の強い要望も、背景としてあるようだし。
さて、今後は国内市場という限定的なものではなく、世界市場が相手であるということになれば、その方面の関係者は一斉に色めき立つことであろうし、商売である以上、どのようなことがそこでなされるのか、私などには想像もつかない。
それにしても、おそらくそれが「世界標準」であり、現政権は遅れた日本をなんとかこの「世界標準」へと引っ張り上げようとしゃにむになっている面があるのかもしれない。
昨日から、李白の詩を読み始める。まとめて李白作品を読むのは、実はこれが初めてで、李白という詩人の様々な面がいろいろ見えてきて、大変面白い。
【14年10月3日】
9月は、人間ドック受診のための京都行きで締めくくる。
最近は、もっぱら高速バスを使う。片道料金が、JRの半額の上、乗り換え無しというのがずいぶんと楽である。
午後、京都着。そのまま、ホテルへチェックインする。ちゃんとしたホテルなのだが、素泊まりの上、組合員価格ということで、びっくりするほど安い。
夕方、夕食を食べにいくついでに、夕景の堀川通りをぶらぶら歩く。
巨大なケヤキの木につくづく感心したりもする。
夜は、久しぶりに寝るまでずっとテレビを見る。
昔から自宅で寝るよりも、外での方がなぜか寝付きが良くて、朝までゆっくり眠る。
朝、これまた久しぶりに「すまたん・ジップ」という朝番組を見る。
京都にいたときは、毎朝見ていた番組で、関西テイスト満載の朝番組である。
人間ドックは、半日ドックで、午前中で終了。その日に分かる範囲の結果を聞くことができたが、特に、大きな問題もなく(?)、一安心する。
京都での生活の後半は、伏見区で暮らしており、住んでいたマンションなども歩いて行けるところにあるので、人間ドック受診者向けのけっこう豪勢な昼食を、病院内の食堂(外部の業者が入っているらしい)で済ませて、そこまで行ってみることにする。
そのマンションには私が40歳になったとき、ちょうど新築ということで入居した。11階建ての7階に暮らした。3LDKの使い勝手の良いマンションであった。
現在、私が住んでいたところには、中国人の夫婦が暮らしておられる。
その部屋の辺りを、道路から見上げて、ちょっと不思議な気分になったりもしたものだ。
午後の高速バスで帰宅。帰路の3分の1は居眠りをし、それ以外の時間は、ずっと音楽を聴いて過ごす。
10月は、いつも通りの生活で始まる。読書、「歩き」、母の病院送迎。違っていたのは、『鼎座』16号の発送作業。
発送部数は私が担当している分は120部ほどであるけれど、住所のタックシール印刷からはじまり、封筒の裏書きの印刷、封筒への本入れと糊付け等、すべて一人の手作業なので、それが結構たいへんである。
発送は、翌2日に回す。メール便で送るので、クロネコヤマトの営業所まで車での持ち込み。以前は、コンビニを使っていたのだが、ずいぶん時間がかかり、店の方にも迷惑をかけたりしていたのだが、今回はごく簡単な手続きで終了。ありがたい。
3日。1時間半の「歩き」。海を見て、引き返してくる。ルアー釣りをしているおじさんたちと立ち話。イナダとか、烏賊、さらにはヒラメまで釣れることがあるという。ただし、今年はまるで駄目だとのこと。異常気象の影響かもしれないとぼやいておられる。一汗かいて、帰宅。シャワーを浴び、その後、読書。途中、ちょっとややこしい作業をはさんで、午前と午後を使って、秋元不死男『俳句入門』の残りを読了。詩の定義とか、リズム論とか、少々わかりにくいところもあったけれど、いろいろ考える材料を提供してもらった。
引き続き、心敬の『さゝめごと』を読む。文字が小さくて、目が疲れる。
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