日々録
日記のようなものを書いてみようかな、と思いまし た。             
備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、とい う事です。             
一人言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さ い。

      
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【15年3月31日】
朝から、暖かいを通り越して暑いくらいの陽気になっている。
遠目にも大山の雪解けが進んでいるのがわかる、そんな陽気である。残雪が沢沿いに棒状に残るのを、地元では「竿雪」などと呼んでいるようだ。
明日からは四月。本格的な春が始まると思いきや、天気はぐずつき気味となるらしい。
昨日は、統一地方選の一環である県知事選の期日前投票の立会人のアルバイトに行ってきた。
朝8時15分から夜8時すぎまで、12時間近く椅子にこしかけたまま、選挙立会人をつとめてきた。
基本的に席を離れるわけにはいかないのだった(もちろん、トイレ・昼食・休息で短時間席を立つことはできたけれど)。
それだけの時間椅子に座り続けたのは、生まれて初めてのことだった。
腰痛の心配があったので、自動車の座席に備え付けられる腰痛防止シートを持参して、椅子に装着して座る。
これは大成功で、12時間の間、腰やお尻の痛みに悩まされることがなかった。
本日は知事選の投票のみだったので、期日前投票にやって来た人はごく少数であった。
なかなか得難い経験をした、というのが一日を終えての感想だった。
今後、自分が選挙で投票に行く際、投票所がいままでとは違った風景に見えてくるのではないかと思ったほどだ。
立会人を終えて、まだほとんどの職員が残っている選挙管理委員会を辞して、車で帰宅。
暗い中を運転しながら、どこかぼーとしている自分に気づき、注意して車を進める。
帰宅後は、夕食も取らずに、即就寝。
夜中に何度か目を覚まし、結局5時過ぎには起床。
まだ日は昇っていないけれど、外はずいぶん明るくなっていた。
午前中の間に、文章をちょっと書き、『文選』下巻を少し読み、暑い中を「歩き」に出る。ついでに、郵便局まで小銭貯金を持っていく。買い物のおつりの小銭を毎月末貯金に入れる。わりとまとまった金額が月末には溜まっている。
午後も引き続き良い天気のようだ。


【15年3月28日】
昨日、今日と良い天気が続いている。今日は、気温が20度を越えているのではないか。
午前中のうちに、横光利一の小説「紋章」を読み終わる。今はやりの、企業小説風なノリの内容で、どきどきわくわくしながら読み終えた。
ある種の天才を主人公とした物語風な内容であったり、夫婦の葛藤小説のようであったり、事業の裏面暴露的な内容であったり、なかなか面白かった。
横光利一のストーリーテラー的側面が遺憾なく発揮された小説という印象であった。
午後は、地元の句会へ参加。ちょうど会場が、某高校吹奏楽部の定期演奏会と重なり、そうでなくても狭い駐車場に車を入れることができず、やむなく有料駐車場に停めることとなる。
少し時間が早かったので、近くに知人の所に顔を出し、しばらく四方山話。腰痛の話などが出るのが、年齢相応ということであろうか。
句会は2時間ほど。結果は、ほぼ全没状態であった。
ホトトギス系の集まりではあるのだが、別系統の流れも交じり、ちょっとだけ異風な感じもあるというそんな特徴を感じさせる句会である。
選について、勉強させてもらうつもりで参加している面があるのだが、オーソドックスな所と、自分しか取っていない作品と半分半分くらいの割合になっているようだ。
大半の人が、かなり経験を積んできた人のようで、作柄が手堅くもあり、やや固定的でもあるように思う。
なんとか、切り込んで行けたらいいのだが、毎回跳ね返されているような有様である。
今日は、甥・姪が帰って来る。姪は、こちらに就職先が決まっており、四月からそこで働くことになっている。Uターンということになる。
まもなく、新年度が始まる。
地元の知人が一人、早期退職をしたことを知る。


【15年3月24日】


月曜日。所属結社へのエッセイ執筆のため、高速自動車道を飛ばして、妻木晩田(むきばんだ、と読みます)遺跡群を見に行ってきた。
米子市淀江町の南丘陵地にあり、弥生時代の大規模な集落遺跡群である。
住居跡や墓所、高床倉庫跡など多様な住居址が残された場所で、住居等の復元も大規模になされている。
眼下に日本海を見晴るかす絶好の地で、特に春から夏にかけては木々の緑が大変美しい場所でもある。
出かけた日は、あいにく月一回の休館日で、資料館は休みだったけれど、遺跡群には断りを入れてはいらせていただいた。
雲の動きは早かったけれど、青空が見えて、暖かい午後だった。
ゆっくり句作するわけにはいかなかったので、写真だけを足早に撮ってまわる。
一面に敷き詰められた芝生は、まだ枯れ色が濃かったけれど、いずれ一面芝生の青が目に染みるような季節になるので、その時には改めて、でかけてみることにする。
夜も晴れの状態は続き、徐々に冷え込みはじめたせいで、逆に夜空が澄み、星があざやかに眺められた。久しぶりに、オリオン座の脇を過ぎる流星を目撃出来た。
火曜日。天気は不安定で、肌寒い。
午前中のうちに、故障した給湯器の修理にきていただく。
修理に興味があったので、邪魔にならないようにして脇の方から見学する。話し好きの人で、いろいろ教えていただきながら、修理の様子を見る。面白い。
空気中の熱を利用してお湯を作るという、訳の分からない方式での給湯システムらしいけれど、氷点下であっても、その大気の熱を利用すると聞いて、つくづく感心する。
修理には2時間くらいかかったけれど、その間飽きずに見学してしまう。迷惑だったかもしれない。
午後、天気は崩れ始め、夕方にはとうとう雪がぱらりと降る。


【15年3月21日】
春分の日。朝から快晴である。
久しぶりに、早朝の「歩き」に出かける。
途中、ウグイスの初音に耳を止める。もう、こんなところまでやってきているのかと思う。
遠くから、しきりに霧笛が聞こえる。島根半島は、上端部を残して、すっかり霧の中に埋まっている。境水道を通過する船が、警笛を発しているのだろうか。
北帰行の姿を認める。
耕作放棄地が広がる広大な砂嘴の上空に、しきりに鳴き交わしながら、白鳥の列が、白い糸のように繋がって、青空を渡って行く。
東の方に飛んでいくようなので、まずは陸づたい進んで、その後海を渡り、北の方向を目指して行くのだろうか、と思う。
そろそろ最後の白鳥の北帰行の群れではあるまいか、と思う。
彼岸の中日ということもあり、二カ所に別れたところに墓参に行く。
どちらの墓所も、遙かに春雪の大山を望める場所にある。大山は、まだ麓近くまで雪が残っているようだ。
墓所の草を取り、花をそなえ、線香を上げる。
久しぶりに、帰り道に高速自動車道を使う。信号がない、というのはやはり気持ちが良い。
市内に戻り、図書館で本を返却して、新たに二冊借りる。隣の美術館で、大規模な写真展をやっていたので、少し覗く。
少々疲労を感じていたので、ざっと見ただけで出てくる。
写真もなかなか面白いな、と思う。
帰宅する。一日風を通した家の中は、ほんのりと暖かい。


【15年3月16日】
暖かい一日。それだけで、感謝したいような気持ちになる。
終日、快晴で、久しぶりにベランダに毛布などを並べて、日に当てる。
まとめて洗濯も行う。降雨・降雪を気にしながらの外干しの必要もなくて、ありがたい。
今日は、買い物を兼ねてかなり長い距離を歩く。2時間ほどの「歩き」。春らしい明るい日差しの中で、気持ちよく歩くことができた。
母のインフルエンザはだいぶん良くなったけれど、病院での転倒による足腰の打ち身は、相当痛みが残っているようだ。
こちらの方は、回復に少し時間がかかるかもしれない。
横光利一の小説『上海』を読んでいる。戦時中の上海租界に集まる人間模様を描いた作品。映画にでもなりそうな内容で、読み物として面白いけれど、しかし主人公の心情が今ひとつ理解しにくくて、その分なかなか読みすすみ辛いところもある。
『文選』の方は、相変わらず難しいという状態は変わらないけれど、「楽府」の所に入ってからは、それ以前に比べると理解しやすくなってきている。素材が、共感しやすい内容であると言うこともあるのかもしれない。表現も、まだ前に比べると難解さの度合いがやや低いような気もする。「美人」などがいかにもそれらしく詠われていたりする。
読むのがしんどいと言う状態から、少し楽しくなってきているような気もする。
ちょこちょこと参議院の予算審議をテレビで見る。自民同士のぬるい質問は、単なる儀式のようでそれこそ時間の無駄のような気がする。


【15年3月14日】
ばたついた昨日に続き、今日も亦、波瀾の展開となってしまった。
朝、丹後へ出発するため、早朝車で駅へ向かい、自損事故を起こす。幸い、自分の車の破損のみで、他に被害が及ばなかったのは不幸中の幸いだったが、結局、丹後行きは中止する。
午前中は、その後始末で保険会社やディーラに電話を入れ、連絡をして、一通り収まりを付けたのは、午後。
車を持つということは大変だ、とつくづく思う。
しかし、なければ地元では生活が大変しずらくなるのも現実である。運転には、一層注意しようと思う。
快晴で、いかにも春先らしい暖かい一日であったが、何となく落ち着かないままに夕方を迎える。
夕方になって、日が西に傾き、夕日が出窓から差し込んでくるのを眺めながら、数日前ならば、急に冷え込んでくる部屋が、いつまでもほんのりと暖かいの感じて、やっとのんびりした気分になる。
ここ数ヶ月の寒さとの共存のような戦いのような日々の終わりを感じ、ほっと安心する。
夏の暑さより、冬の寒さの方がしのぎやすいかと当初考えていたのだが、一年が間もなく終わり、一通り四季を経験してみると、夏よりは冬の方が厳しいかな、という感想を持つ。やはり、山陰特有の気候のせいもあるかもしれない。


【15年3月13日】
今日は、午前中、色々なことがあって、本当にばたばたする。
しかし、なんとか不幸中の幸いレベルで収まって、ほっとする。
午後、いつもの生活に戻る。
郵便局に郵便物を出すつもりで歩く。ポストは、近所のスーパーの前にあるのだけれど、すでに集配時間を過ぎているので、「歩き」を兼ねて、出かける。約2キロの距離。
雲行きが怪しかったのだが、不安は的中して、やがて雨がぽつぽつ降り出す。
1時間雨量1ミリ程度の雨の中を、郵便局まで行き、郵便物を投函して、帰宅する。
帰り着く頃には、一端雨は上がっていた。なんだと思っていると、やがて本格的に降り出す。本降りになる前に帰れたのは、幸運であった。
先週、美術館に行った際、隣にある図書館で本を2冊借りてきていた。1冊は、万城目学のエッセイ集、もう1冊は角川の別冊俳句『一冊まるごと俳句甲子園』という本。
後者は、俳句に興味のない人なら、絶対に手に取らないだろう(俳句に興味のある人でも、読んでみようと言う人は多くはないかもしれないが)本かもしれない。夏の甲子園(野球)に興味ある人が、つい勘違いで手に取ることはあるかもしれないが……。毎夏四国松山で行われる高校生達の俳句バトル「俳句甲子園」を特集したもの。
その実際について多面的にまとめ上げたもので、「俳句甲子園」の全体像が、なんとなく浮かんでくるという内容の本。
昔から興味があり、もし自校の高校生達が出場できる機会があれば、というような妄想を抱きつつ、退職してしまったというそんな行事。
現在活躍中の若手俳人の多くが、この「俳句甲子園」を経験しているというほどに、俳句世界の未来に直結している催し物である。
私が直接面識のある人の中でも、俳句を頑張っている若手で4人はこの「俳句甲子園」の上位経験者であったりする。
せめて一度は、現地に足を運んで、実際にその熱気に触れてみたいものだと思っている。
夜に入って、雨は一層強まっている。
明日は、丹後「すき句会」の日。明日持参する作品は、まだ1句も手元にない。席題は「鵙の贄」。なんとか、頑張って作らねば、と思う。


【15年3月10日】

月曜日は、ほぼ終日、雨。
夕方になって、天気は回復し、夜は星空が見えるほどの状態だったけれど、日が変わり、朝になると、強い風と降雪となる。
庭木には、うっすらと雪が積もるという状態だった。その後も、雪は降ったり、止んだりで、薄く積もっては融けると言う状態の繰り返しである。
日曜日。合唱本番。一日仕事となったけれど、2年ぶりくらいにステージに立って歌えたのは、楽しい経験となった。
実は、前日の土曜日のリハーサルで、合唱経験中、初めてステージで気分が悪くなり、途中で早退するということがあった。
当日、少し厚着をしてステージに立ったら、そこが思いの外暑く、その上立ち位置が真ん中辺りで、両側からの4つのスポットライトが集中して当たるという状態で、暑いわ、眩しいわで調子がおかしくなったらしい。自分からステージを降りて、袖で一休みして、調子はすぐに戻ったのだけれど、メンバーに断りをして念のためそのまま早退した。
そんなことが前日あったため、本番当日は、暑さ対策と水分補給と、スポット対策を全部講じて、調子よく歌い終えることが出来た。
ステージが暑いと言うことは事前に聞いていたけれど、京都の時と同じ感覚であったのが、まずかったらしい。
暑さに負けてしまったようだ。それにしても、一冬、極力暖房を使わず過ごしたせいで、体質が耐寒体質に変わっていたのであろうか……。
月曜日の地元新聞には、公演の小さな記事と、写真の片隅に自分が唱っている姿が写っていた。
新年度から前半半年間某アルバイトが決まっていたのだが、先程電話があり、都合良く後半半年間の某アルバイトも決まった。どちらも、自宅にいて、短いレポートをその都度、書いて提出するというもので、自分向きの業務内容でありがたい(どちらも、怪しげなお仕事というわけではありません、念のため)。
そう言えば、土曜日には美術館に行ってきたのだが、そこで地元出身の5人の若手イラストレーター達の展覧会が開かれていて、それを見学してきた。5人のうち、3人は地元在住で、こちらにいながら、イラストや漫画、ゲームのキャラデザイナーとして活動しているらしい。立ち入った質問をしたら、なんとかかつかつで生活出来ていますとのことで安心すると同時に、地方で頑張る若者達の姿を目の当たりにした気分で、頑張ってくださいと大いにエールを送った。
中に一人、同じ町の出身で、同じ高校の同じマンガ研究会に所属してたという、いわば後輩にあたる人(年齢は30歳くらい違うけれど)がいたりして、驚いたものだ。


【15年3月7日】
数日前、総合雑貨ショップのコーナンに行ったら、86円の手袋を売っていた。
さっそく買って使用。手にぴったりはまり、結構具合が良いので、そのまま使っている。
昨日は「啓蟄」だったけれど、とても虫が土中から顔を出すような気温ではなかった。
天気は良くて、一日日差しがあったにもかかわらず、昨日の最高気温は8度くらいではなかったか。
土曜日の今日も、雨は降っていないけれど、厚い雲が全天を覆っていて、寒い。水の中にいるようなひやっとした寒さである。
今日も、最高気温は10度を切ることだろう。
今日は、午後から外出。市の美術館に行き、その後、図書館に寄って、そのまま公会堂に行って、夕方からは明日の合唱本番をひかえてのリハーサル。
小・中学生対象の公開練習ということになるらしく、それが終わるのが8時くらいになるようだ。
いつの間には、外は小雨が降っている。そういえば、午後から一時雨が降るという予報であったか。
外の様子が、いっそう寒々として見える。
来週は、さらに寒さが厳しくなるらしい。今季最後の降雪もあるかもしれない。
寒いのは、もうそろそろ終わりにしてほしいような気になる。


【15年3月4日】
寒い一日だった。最高気温も8度を切っていたようだ。
毎日の日課で、10時過ぎから「歩き」始めるのだが、北風が強く、時折小雨交じりの天候で、冬山用のオーバーヤッケを防寒と雨対策用に着て1時間余りを歩いたのだが、身体の方はなんとか保ったけれど、顔が冷たくて困った。
歩きながら、遠く内海が見通せたのだが、一面白波が立って、本当に寒々とした風景だった。
大山も頂上部分は雲に隠れ、それより下の部分は雪で真っ白という様子だった。まだまだスキー場は雪が豊富に残っていて、後ほどネットのライブカメラで確認すると、リフトは複数稼働していて、スノーボーダー達の姿も、平日にもかかわらずちらほら映っていた。もうしばらく、大山のスキーシーズンは続きそうだ。
帰宅後は、昼食。その後はテレビを20分くらい見て、つまらないので書斎に戻り、午後の読書。『文選』は下巻に入る。『横光利一』は有名な作「ナポレオンと田虫」を読む。途中、「ストロベリー・ナイト」という1時間物の刑事ドラマを見て(初めて見て面白かったので、つい毎日見ている)、それから『平畑静塔全句集』を5時過ぎまで読む。
その後、実家に顔出しをし、犬を散歩に連れて行く。毛を刈ったばかりで寒そうなので、毛糸の上着を着せて出かけるが、それでも寒かったらしく、いつもの散歩コースを足早に歩いて、すぐ帰宅。ブラッシングしている最中、後ろ脚がぶるぶる震えていた(後ろ脚はむき出し状態だった)くらいなので、よっぽど寒かったようだ。
帰宅後、夕食。寒いので、おじやを作って食べる。暖かくて水気の多い物が良い。
この「日々録」を書き終えたら、夜の読書に入る予定。
それにしても、手が冷たい。手袋でもしようかと思うほどだ。


【15年3月3日】
午前中はなんとか保っていた天気も、午後になってとうとう雨が降り始めた。
冷たい雨である。
午前中に比べて、少し気温が下がったような気がする。
今日は、雛祭りの日である。
午前中、1時間ほど歩いたけれど、白梅がちらちら花をつけているのを、あちらこちらで見かけた。まだまだ咲き初めという状態だったけれど、春の到来をほんの少しではあるが、実感した。桃の花は、近所では全く見かけない。元の家の狭い裏庭に、桃の木が一本あったことを覚えている。少しばかり実がなったことは覚えているが、その花の記憶はない。
岩城先生からの連絡で、俳誌『澤』の今月号で、『鼎座』第16号が、見開き2ページに渡って紹介されたということを知った。
結社誌に取り上げられるということは、ほとんど初めてのことであり、早速当該ページをコピーの上、ファックスで岩城先生から送っていただいて読む。
冊子の紹介と、丁寧で緻密な句評を載せていただき、感謝の思いでいっぱいになる。
第17号がどうなるか、今のところ先の見通しはないけれど、考えていかなければならない。
昨夜も、日曜日に続き、合唱練習。9時までの2時間あまりを練習に費やす。なかなか厳しい。
金曜日にもう一度レッスンがあり、土曜日は公開レッスンが公会堂で行われ、日曜日が本番という予定になっている。
ところで、公開レッスンとは、一体何なのか。分からない。本番とは別に、無料でリハを兼ねた練習を、興味のある方に見ていただくことなのだろうか、よく分からない。
いずれにしても、1週間である。第九はどうするのか、とメンバーの方から聞かれたりするのだが、今のところ未定状態と答えている。


【15年3月1日】
来週日曜日が、合唱の本番の日にあたる。1週間後である。
本日は、午後一杯を使って、本番会場でリハーサル。
器楽演奏は、地元の管弦楽団である。曲目は、「花は咲く」、チルコット版「故郷」より2曲、そしてフォーレ「レクイエム」である。
こちらに帰郷したときは、また合唱のステージに立つなどと考えてはいなかったのだが、縁とか機会とは不思議なものだ。
本番会場は、地元の市の公会堂。収容人数1120席あまりの中規模の会場である。
昨年改装され、内部はずいぶんきれいになっていた。
観客席側からでなく、ステージの側から客席を見るのは、数年ぶりのことである。
ちょっと懐かしいような気分になった。
練習は、リハーサルスタジオで1時間ほど行い、その後、本番ステージに移動し、オケと一緒に4時まで、その後合唱のみで1時間ということで、かなり長時間の集中レッスンとなった。
さすがに、足腰が痛くなってしまった。
ステージのセッティングは基本は自分たちで行い、練習終了後の片付けもまた、合唱団のメンバーが中心となって行った。本番当日も同様の手順のようである。
まさに、手作り感満載のコンサートということである。
練習を終え、結局一日降り続けた雨の中を帰宅。
疲れて、ぼーっとして夜を過ごす。
短い原稿の依頼を頂いたので、そのための資料を少し捜す。ネタは、朝布団の中で思いついたものを使おうと思う。
結社誌の方からも、短い文章を依頼さているので、そちらは写真も必要なので、近日中に現地に撮りに行かなければならない。
水鳥公園を選んでみようかと思う。。
地元の水鳥公園のコハクチョウの北帰行が、現在真っ最中らしい。この1、2週間の間に、この地で冬を過ごした千羽あまりの白鳥の残った群れの北への旅が進むらしい。
昨日、午後、買い物の帰りにその公園へ立ち寄ってみた。午後、遅くはない時間帯であったが、広い湖水の対岸に、白鳥の群がぽつりぽつりと眺められた。
普段ならば、その時間帯には周辺の田圃や畑地に餌を取りに行っているはずなのだが、すでにその時期を終え、出発を目前に控えているのか、と思いながら、白鳥の姿を眺めていた。