日々録
日記のようなものを書いてみようかな、と思いまし た。             
備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、とい う事です。             
一人言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さ い。

      
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【15年4月29日】
五時過ぎに「歩き」に出かける。太陽はまだ昇っていないが、すでに外は十分に明るい。空気はひんやりとしていて、歩くには気持ちが良い。
住宅街から、荒蕪地の多い辺りをぐるりとあるいて来る。同じように、早朝の歩きをしている人達と何人か行き会う。
帰宅しても、まだ時間は6時半くらいだ。朝の時間をたっぷり感じる。
最近は、ナッツとバナナと珈琲の朝食。結構それで昼まで保つ。
7時過ぎに書斎に上がり、発表のあてもない文章書き。
俳人協会の機関紙『俳句文学館』に載せていただいた短文の引用句の一つについて、当該の方にお礼と報告を兼ねて本文のコピーをFAXでお送りする。
その後は、午前中、読書。『文選』と、伊藤整の『鳴海仙吉』、戯文めかした知識人批判が面白い。不倫物語風な内容で映画になったのではなかったか?
午後も、引き続き本を読むつもり。
庭の躑躅が3分咲きくらいになってきた。満開までには、あと数日かかるのだろうか。白花水木は、今が一番きれいだ。
日米首脳会談。成果がおおいに喧伝されているけれど、同時に大きな負担も今後かかってくることなのだろうな、と思う。
我が町の国保費用は、数千円の負担増となった。


【15年4月25日】
ここ数日、良い天気が続いて、気持ちよい。朝から、家中の窓を開けて、風の通り道の中で暮らしているような気分である。
昨日、お隣さんが引っ越しをされた。郷里の方へ帰られるという。大型トラックが3台、路上に停まり、6時間くらいかかって引っ越しの作業をしていた。やがて、トラックが荷物を積んで出発し、当人達も自家用車で郷里へと向かわれると、後に居住者のない家屋だけが残った。2階から、お隣さんの居宅だった家をを見ながら、昨日まで人が暮らしていた所に、今日はもう誰もいないという事実が、不思議なような気分になった。すでに中古住宅として、地元の不動産業者が販売活動に入っているらしい。
今日は、午前中、その不動産業者に連絡して(自宅を仲介してもらったところだったので顔見知り)、垣からはみ出した庭木の枝刈りのために、お隣さんの庭に入る許可を得て、山茶花やら青木やらの枝刈りを行う。ずっと気になってはいたのだが、庭に入って作業させてくださいと言いづらくて、この機会に作業をさせてもらった。
刈り取った枝はすべて回収し、地面に落ちた葉っぱは、箒で掃き集めてゴミ袋に収めた。
1時間ほどの作業になったが、日差しが結構あって、一汗かいた。
午後からは、久しぶりにクラシックコンサートに出かける。佐渡裕指揮、「兵庫芸術文化センター管弦楽団」の演奏会。
演目は、ウエーバー「舞踏への勧誘」、ショパン「ピアノ協奏曲2番」(ちなみに、演奏者はエフゲニ・ボジャノフ)、そしてブラームス「交響曲2番」というものだった。
テレビなどでも有名な指揮者の初めての公演ということで、会場は満員状態であった。約2時間半、母や姪達と音楽を楽しむ。
帰りが、駐車場から車が出るまでひどく時間がかかって大変だったけれど。
それにしても、今朝、ぼや騒ぎがあったのだった。
近所の工事現場が火元で、幸い文字通りぼや程度で済んだのだけれど、消防車が10台近く現場に集まっていて、どんな大火かと、逆に驚いてしまった。
昨年は、近所の公園脇の荒蕪地の草が焼けて、30坪ほどの被害が出たけれど、結局出火の原因はわからなかったようだ。今回も、火の気のない場所での火事ということで、少々気味が悪いことだ。


【15年4月22日】
朝から快晴。庭のハナミズキの白い花(というか、萼というか)が、青空に映えてなかなかきれいだ。
読書の休憩時間に、庭に出ては目休めも兼ねて、ぼっと花を眺めている。
躑躅の方は、花芽がだいぶん膨らんできており、あと数日で開花しそうな様子である。
馬酔木の方は、今年はほとんど花がついていないようだ。前年の刈り込みが悪かったのかもしれない。
昨年秋、金木犀は刈り込みの影響で、花がほとんどつかなかったということがあったので。
それにしても、やっと春らしい陽気になってきた。ここ数日は、良い天気が続くらしい。
洗濯をし、布団やら毛布やらをベランダに半日干す。陽光を吸って、なかなか良い具合にふっくらしていた。。
思ったよりも寒さがこたえた冬を過ごし(その最中には、まったくそんな感じはなかったのだが、過ぎてみて初めてということだろうか)、まだどこかに寒さに対する忌避感が残っているらしく、暖かいということが素直にありがたく思える。
暑くなったら、また別のことを考えるんだろうけれども。
今日は、1時間ほど歩いたけれど、それでもやはり運動不足ということなのだろう。もう少し、カロリー消費をはからなければならないようだ。
たしかに、一日中、「歩き」以外は自宅とその周辺で過ごすという生活だから、普通に食べていると、ややカロリーオーバーということになるのだろうか。
困ったことである。


【15年4月19日】
手術の影響は、いまだに時折身体の変調として現れる。今日は、朝から町内の集団清掃の日で、よりによってその日に、変調が重なってしまった。
いったんは、清掃場所まで出かけてけれど、どうしてもダメで、引き上げ、実家でしばらく休息する。
通常は、2、3時間で復調するのだが、今日は少々長引いた。すでに、昨日の丹後行きの時から、若干調子はおかしかったのだが、気にせず出かけたその翌日のことで、困ってしまった。
昼前ぐらいになって、どうやら復調する。体調が元にもどれば、後には特に影響を残さないのが、せめてものことだと思う。
午後、11月に本番のある県民参加の『第九』合唱の発会式を兼ねた説明会があるので、車で市内に出かける。
フォーレ『レクイエム』の練習場所としても使っていた市の文化センターを会場に、説明会が開催される。総勢100名ほどの参加者があった。男性陣の数が20名ほどで、思ったより参加者が多くて心強い思いがした。フォーレで一緒の舞台に立った人達の姿も見えた。
会場で、中学校時代の恩師に出会う。合唱団の団長を務められるとのことだった。
中学時代は、音楽の先生であるとともに、ブラバンの顧問の先生としてお世話になった。当時は、県を代表するブラバンの学校として、中国大会などにも出場していたことがあったが、最近はちょっと振るわなくなているらしい。
そんな話を、今年77歳になるという恩師と少し話したりもした。
『第九』の練習は、間もなくパート練習という形で始まる。
昨日は、丹後「すき句会」に参加する。蟹のシーズンが終わり、乗り継ぎ駅の一つ手前の駅で、50分の臨時の待ち合わせというロスタイムが解消されて、乗り継ぎもスムースに通常の時間で到着することができた。
それにしても、新年度の時刻表改訂とともに、KTRはいくつかの駅で駅名自体の改称が行われていて驚いた。目的地の「丹後大宮駅」もそうで、「京丹後大宮駅」に名前が変わっていた。始発の駅で乗車券を買う際、駅員さんとのやり取りで感じた違和感は、この名前の変更に原因があったのだと思い至る。
それにしても、時間通りの到着で、久しぶりに美味しいボルシチを堪能することもできてよかった。
句会は宿題が「職業に関する物を素材として1句」、当日題は「桑の芽」であった。「桑の芽」を出題するにあたってのエピソードを、句会中に岩城先生から話していただいたりもした。前回、事故による欠席で、少し間が空いたのだが、句会自体は活発で面白いものだった。ただ、話が盛り上がって、終了時間が少し延びたので、句会後の四方山話を楽しむ余裕無く、駅へと送っていただいたのは、ちょっと残念だった。
帰りの車中では、岩城先生からいただいた今月号の『馬酔木』を読んでいた。伝統のある結社の層の厚さと、それがもたらすある種の安定感をつくづく感じたものだ。


【15年4月17日】
快晴の一日。いかにも春らしい陽気で、気持ちよかった。
今日も、『文選』、文章、「歩き」、『飯島晴子全句集』という一日。
ただ、今日は母に散髪をしてもらう。散髪とはいえ、丸刈りにするだけだけれど、実家に高性能のバリカンがあって、みごとなほどの丸刈りとなる。
もっとも、高性能のバリカンとは、元もと犬用のものだったのだけれど。使わなくなって放置されてあったものを試してみたら、私が持っている人間用のバリカンの数倍の切れ味だったので、ものはついでとばかりに、そちらで刈ってもらう。
ほとんど、剃髪した僧侶のような有様となったけれど、これからの季節向きかもしれないと思う。
ただ、夕方になって、さすがに少し頭がすうすうしたけれど。
散髪後、正岡子規の文章を読み始める。「芭蕉雑談」。以前から読んでみたかったので、読み始めたが、なかなか面白い。
明日は、丹後「すき句会」。先月は、自損事故で、やむなく欠席ということになってしまった。
明日は、くれぐれも運転に注意しなければならない。ただ、保険の更新で、対物保証もつけたので、気分は楽?である。かなり、保険料は高かったけれども。
今日も、間もなくモニターのバイトが始まる。ノートパソコンの準備をしなければ。


【15年4月16日】
今日が図書館への本の返却期限だったので、朝から頑張って借りた本を2冊読み切る。
万城目学の短編集は、中国を題材にしたものだったが、大変面白かった。と言うのか、虞美人の話にしても、刺客荊軻の話にしても、司馬遷の話にしても、元の話それ自体が大変ドラマチックなものだから、そこに一流のストーリーテラーとしての万城目氏の趣向が加わると、面白くないはずがない。ともかく、プロとしての力量をまんべんなく発揮したこの短編集はおみごととしか言いようのない出来であったと思う。それにしても、司馬遷の話は、誰かぜひアニメ作品にしてくれないかな、と思う。
虚子の文章は、ほとんどが漱石の手紙の引用だったけれど、それはそれで面白かった。虚子と漱石のの交流が、忌憚ないという感じで読みとれて、大変面白かった。最後の京都での遊びの部分も、「都踊」などを思い出して面白かった。祇園「一力」でのことも興味をひかれた。
読み終えて、午後市立図書館へ。借りた本を返却し、同時に万城目氏の『とっぴんぱらりの風太郎』と中村草田男編『正岡子規 俳句の出発』を借りて帰る。
今日は、午前中を含め、外出の一日だった。そのついで、ということで、中海沿いの公園に立ち寄り、ぶらぶら散策を楽しむ。天気も良く、海も凪いでいて、いかにも春の午後らしいのどかさであった。
帰宅後、さすがに『文選』だけは、少し読みすすんでおく。下巻も半分を超えた辺りまで読みすすむ。


【15年4月15日】
火曜日は、思ったほどの悪天候にはならなかった。ただ、夕方になって、遠くで雷がなり、時折雨がぱらつくような状態であった。
上空に寒気が入っているとはいえ、不安定な天候である。のどかな春らしい陽気というものをあまり感じられない4月の始まりだった。
昨日は、番組モニターが朝と夕方に入っていて、なんとなくその間を埋めるような気分で一日を過ごした。
番組は50分。ビデオが取れないので、細かくメモをとりながら番組を視聴。見終わってすぐ、レポート作りにかかり、下書き、さらに清書ということで完成したものをネットを通じて送るという手順となる。全体で2時間近くかかる。手取り換算すると地元の1時間あたり最低賃金の7割から8割ぐらいとなる。
割は良いとは言えないけれど、レポート作成自体は面白い。
夕方からは、紙にメモをやめて、ノートパソコンにどんどん打ち込んでメモ代わりにする。この方がやりやすいようである。
まとめたものをプリントアウトして、あとは同様の手順でレポート作成。
ノルマが12本で、6本終了する。
水曜日。朝は雨、このままぐずつくかと思われたが、午後からは天気が回復しそうだ。ありがたい。
今日は、朝食後、雨の止み間をみて、近所を1時間ほど「歩き」。遠く見晴るかす大山は、5合目から上は、厚い雲に隠れている。雨天と曇天の境くらいの雲の高さである。
帰宅後は、ちょっといつもと順番を変えて、『文選』を読む。午後一に読むと、その難しさから眠気がさしたりするので、試しに午前に置いてみる。これは、正解だった。理解しやすく、読みやすい。負担のかかるものは、午後一はやはり厳しいところがある。
1時間半ほど読んで後、文章を5枚ほど書く。頭が新鮮なうちに文章は書いた方が良いと言われたりするけれど、この順番も悪くない。
Iさんから携帯に着信。秋のお仕事の件で連絡が入る。上手く話が進むかもしれない。


【15年4月13日】
荒天の一日。時折、雨はやむものの、いざ降り出すとどしゃぶり状態となる。また、東風がきつくて、台風の襲来を思わせるような強風が吹く瞬間もあった。
明日も引き続き天気は悪そうで、終日春の嵐状態となるのかもしれない。
6時過ぎに朝風呂に入り、その後朝食。食べ終わったら、そのまま書斎に移り、昼前までずるずると文章を書く。
途中、休憩のつもりで、万城目氏の三国志を題材にした短編を読む。故郷喪失をテーマとした作品だった。
古典の新解釈という方法で書かれたもの。芥川龍之介の得意としたやりかただ。万城目氏の文章は、簡潔で端正な文章であると思う。
昼食後、そのまま書斎にあがり、読書。『文選』の続きを読み、横光利一の中編『寝園』読了。これで『旅愁』を除き、横光利一の主立った小説を読んだことになるのではないか。それにしても結構面白い作品が多くて、時間をかけて読んでよかったと思う。
続いて『飯島晴子全句集』を読み始める。今回は第一句集『蕨手』。写生俳句的な作品読み取りを一切排除した言葉の世界だけで成り立っているような作が多かった。なにがしかの現実に引きつけて、句を解釈することをあえて拒否しているということかもしれない。だから、そう思って読まないと、途中で挫折するかもしれない。季語と他の部分とのかなり大胆な取り合わせの句みたいなつもりでも読み直してみたが、それも無理があった。
高浜虚子『回想子規・漱石』以前に一度読んだことがあるけれど、再読を始める。
大体1時間程度読んで、短時間休憩。その後、次の本にかかるというやり方で、夕方まで読書を続ける。
その後、実家に顔出しをして、夕食。
東京行以来、また普段通りの生活に戻る。


【15年4月12日】
6時過ぎ、起床。
高曇りの空である。朝食の前に、洗濯機を回す。
朝食の準備を終え、食べ終わる頃には洗濯も終わっているので、庭に干す。気温は、高くない。少々肌寒いくらいである。やはり、昨日のうちに洗濯を済ますべきだったと思う。
7時過ぎ、早々に地方選の投票に出かける。車で15分。幼稚園を投票所にしている。
小さな机と椅子がきれいに並べられた教室やおもちゃのような便器の並ぶトイレなどを目にして、こびとの国に迷い込んだような楽しさを味わいながら、投票を済ませる。
威儀を正した3人の立会人にご苦労様と挨拶をして、投票会場を出る。
午前中は、文章を書き、その後1時間ほどの「歩き」。風が寒いので、帽子ではなく、毛糸帽を被って歩く。
雪解けのすすんだ大山の姿が、薄青く聳えて見える。残雪はもう谷筋に残るばかりとなった。
午後、予約していた万城目学の本が返ってきたとメールで連絡があったので、受け取りに市内まで車を走らせる。図書館で本を受け取り、ついでに向かいの美術館で行われている絵画展を見る。
母の部屋に飾られてある大山北壁の絵が、その絵画展の会員さんの一人の絵だと、後で知る。
帰宅後、少しだけ万城目作品を読む。短編集で、中国の諸作を題材にしたもののように思う。最初の作品は、『西遊記』に材を取り、沙悟浄を主人公とする作品。同類の作としては、中島敦の作品があるので、どんな内容か、楽しみだったが、読み終えて結構面白かった。各作家毎に、沙悟浄という登場人物は、創作意欲をそそるものらしいと思う。
夕方、庭の草取りと、木々の木の芽を観察する。躑躅の花芽と葉の芽とがすでに準備完了、と言う状態でひかえている様は、面白かった。
「笑点」を見ながら浅酌。ついでに、具だくさんのみそ汁を作る。みそ汁があれば、ほぼおかずはOKというほどの具だくさんとなる。


【15年4月11日】
朝は曇天の空模様が、昼が近づくにつれて、どんどん好天に変わり、夕方には薄雲が広がっているものの良い天気となる。
洗濯をすべきであった、とつくづく後悔する。晴れへの変化が数時間早いのではないか。その分、明日は天気が崩れ始める時間が早まるのかもしれない。ともかく、早めに洗濯をせねばならない。明日、朝一にすべきことは、洗濯と銘記しておかねば。
土曜日は、特になにをするでもなく過ごすことにしている。
1時間ほど歩いたり、姪の荷物の移動を手伝ったり、その姪から貸してもらったテレビを使えるかどうか、確かめてみたり、文章を5枚ほど書いてみたりとか、『橋本多佳子全句集』を読了したとか、結社誌に書いた評論の感想をいただいたりとか、庭の枯れ葉を掃除したりとか、テレビ番組の「ビフォーアフター」を最初から最後まで見たとか、ともかくとりとめもないことをしているうちに、夕方を迎えることとなった。
庭の馬酔木がぽつぽつと花をつけはじめているようだ。楓も青葉を広げはじめている。
時間が少しずつ前進しているのを感じる。
そういえば、明日は投票日だった。立会人を経験した身としては、きちんと投票に行かなければと思う。
株価が、一瞬2万円を超えたらしい。年金資金までつぎ込んでの株価吊り上げ政策が奏功したらしい。
しかし、好景気を実感する人が、どれほどいるかということは、景気の良い話しとは、また別問題らしい。


【15年4月10日】
5日から9日まで、何年ぶりかの東京行き。往復飛行機を利用したので、時間的にもずいぶん楽な遠出となった。
中心の行事は、所属結社の3周年記念の祝宴参加だったけれども、併せて東京在住の知人に出会ったり、美術館をいくつか見たり、俳人協会の拠点である俳句文学館を見学にいったりということなども行う。
盛大な祝宴や珍しい美術展や夜の繁華街の夜景やら霞ヶ関37階から見下ろした皇居や日本の中枢区域の鳥瞰的風景やら春の雪やら桜やら武蔵野の雑木林やらと実に様々な情景・風景に接することができた。また、久しぶりに群衆の有様を目の当たりにもでき、東京が人口集中地域だということを実感した。何人もの新しい知り合いが生まれ、また一期一会みたいにしてごく短い時間会話を交わしたりした人達も何人もいた。旅人の気楽さのようなものがそこには作用しているのだろうけれど、ちょっと自由な気分に触れることもできたように思われる。
総じて、大変楽しい数日間を送ることが出来て、我ながら意外な思いがした。もう少し疲れるかと思っていたのだが、その逆であった。機会があれば、また出かけて見たい、というような気持ちにすらなったものだ。
とはいえ、帰りの飛行機の機窓から見下ろした郷里の大山や弓ヶ浜の風景も、なかなか素敵なものであったけれども。


【15年4月4日】
五時過ぎに起床。雨が降るかもしれないと思い、久しぶりの早朝「歩き」。冬の間は、さすがに寒く暗くて、朝早いうちの「歩き」は中止していたけれど、明るくなるのも早くなり、寒さもさほどではなくなったので、そろそろ朝の「歩き」も本格的に再開しようかと思う。
曇天で、風の唸りが時折雲間から聞こえるという天気で、風に乗って小さな雨粒が送られてくる。ほどなく、本格的に一雨来そうな気配である。
歩いている途中、今年初めての燕の姿を見かける。初燕である。もちろん、自分にとってのそれで、もう少し早くに燕は飛来していたような様子であった。電線に止まり、時折吹く風に身体を揺すぶられていた。やせているわけではないと思うが、体つきが小振りな様に感じられた。
帰宅後、朝風呂に入って、一息つく。風呂から上がり、湯を落として、換気扇をつけておいたら、そのまま夕方までスイッチを切り忘れていた。
明日から数日東京に出かける。そのための準備に半日かかる。
所属結社の3周年記念の祝宴に参加する予定。提出した評論を評価していただいたこともあり、その関係もあって出かけることにした。
ただし、天気は悪く、しかも寒くなりそうということで、出かける条件としては、あまりよろしくないようだ。
ここしばらく読んできた『橋本多佳子全句集』を、補遺の部分を除き、読了する。
『天狼』を代表する作家の一人であり、『天狼』の句柄の正当な継承者のひとりでありつつ、独自の句境を達成した女流作家として、大変感心しながら読んだ。
その死の直前まで、その力の衰えを全く感じさせないという点も、俳句作家としての力量の大きさという点でつくづく感心したものだ。


【15年4月1日】
新年度が始まった。
あいにく天気は朝から雨模様。一日降るらしい。
今日から、半年間のバイトが始まる。とはいえ、某テレビ局の番組モニターなので、自宅で出来るバイトである。
指定の番組を見て、それについて文章によるレポート提出。番組を見て、ネットを通じてレポートを書いてと言うことで、2時間程度。
バイト代は、手間に比べると高いとは言えない。しかし、文章を書いて収入に繋がるのは、ありがたい。
その後は、文章を書き、昼を挟んで読書。いつもの『文選』。そして、横光利一の別の長編『寝園』。心理主義的小説と言うことで、『上海』と『紋章』を繋ぐ作品らしい。
読み始めて、確かに『紋章』における人物造形の元がこの作品にあるらしいということは感じられた。
『文選』は最初に比べると、ずいぶん読みやすくなってきた。一読、大体の内容が理解出来る作品も増えてきた。慣れというものは、偉大である。
テレビで予算委員会の中継をやっていたので、読書の合間に休憩を兼ねて見る。
なかなか面白い。些末な点を含め、結構色々な話題がのぼっていたので、休憩毎に10分ずつほど見る。
50分読書、10分休憩という時間配分は、やはり36年間で身に染みついたローテーションになているようだ。
そのまま、夕方まで読書。
夕方、実家に顔を出し、その後は夕食。テレビはつまらないので、ちょっとニュースだけ見て、書斎に上がる。
四月に入ったとはいえ、基本の生活ペースは変わらないようだ。