日々録
日記のようなものを書いてみようかな、と思いました。             
備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、という事です。
独り言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さい。

         
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【22年3月24日】
ウクライナのゼレンスキー大統領の国会での演説をテレビで見る。同時通訳のややたどたどしく感じられる日本語訳を、強い感銘を感じつつ聴く。今、まさに侵略を受けている国の首相のアピールを、このような形で耳にすることがあるとは、正直想像もできないことだった。コロナ禍といい、大きな世界の変転を同時代的に経験することになるとは。たどたどしいと感じられる同時通訳に対して、案の定、文句をつけるネット民がいたらしいけれど、物事の表面しか、見たり聞いたり判断したり、評したりしかできない人という印象を持つ。個人的には、この一見拙いと感じられる同時通訳を、この時に耳にしたということの重さというものを、思う。いずれより整った日本語訳は、その後にいろいろ翻訳もされ、記事等として出されたりすることだろう。平和になずんだ国民の一人として、リアルな侵略戦争の一断面を見せつけられたような思いだった。

コロナワクチン接種の三回目を終えて間もないのに、すでに第四回目の接種が取りざたされている。その時期になれば、きっと四回目を接種するとは思うけれど、こんなふうにしてこの先、何度ワクチンを接種することになるのだろうか、とちょっとモヤモヤする。改めて、このワクチン自体が本当に安全なものなのか、などということをふと思ったりもする。コロナ感染者数が高止まり状態の中で、蔓延防止策が解禁される。個人的には、感染拡大の恐れを思いつつも、同時にコロナ禍が、異常な事態から、ほんの少し日常的な事態へとシフトしつつあるような印象を持つ。「コロナとともに」というスローガンが持ち出された時期もあったけれど、今ごろになって、それが実感されるものとして少しずつ、意識の中に浸透しつつあるのか、などと思う。病気持ちの我が身としては、感染には十分注意しつつも、少しずつ日常性の回復に向えたら、などと思ったり、願ったりすることだ、さて……。


【22年3月18日】
年金受給者に一律5000円の支給が検討されているらしい。会社勤めと比べ、給料があがる(年金額が上がる?)ということがないため、その不公平に対して、税金で補填しようということらしい(本当か?)。選挙前、年寄りに金をばらまいて、票を5000円で買い取ろうという魂胆、などといわれても仕方のないやり口。国民民主党が、あたかも与党の一員のようにふるまって、第二の公明党の地位を虎視眈々と狙ってこそこそ動いている、などとも言われているようだ。平和な日本、ありがとう。
支給に反対するなら、お前は給付を辞退せよ、などという声が上がりそうだけれど、それは我々の意識をむしばむ自己責任論の一変種のようなもの。個人が辞退しても、問題はなんら変わらない。そのような税金の使い方自体を問題とすべきなのだろう。しかし、いつもの如く、問題の中心点をずらし、矮小化することが、今回もなされるのだろうか……。

外は、冷たい雨が降り続いている。桜の開花予想が出され、21日は春分の日と、本格的な春の到来を思わせる日々。しかし、今年の春は、ひときは暗く霞んだ姿を見せているようだ。


【22年3月15日】
俳人の茨木和生さんから、第十六句集『みなみ』を送っていただく。京都にいた頃は、茨木さんを中心にして催される様々な集まりの末席に身を置かせていただいて、得難い経験をさせていただいた。本当に、感謝の思いが募るばかりである。琵琶湖西岸、近江今津「丁子屋」さんでの句会とその後の宴会を思いだしつつ。「俳人を煙籠めなす新諸子」。しみじみと懐かしい。句集『みなみ』は、お孫さんの名前。お孫さんは、あと二人おられるとのこと。ともかく次の句集を心待ちにしたいと思う。
句集『みなみ』。山桜の句と、亡くなられた奥様追慕の句が、感銘深い。

ニュースはもう、ほとんど見ない。ロシアの侵略のニュースを聞くたびに、腹が立つ。その怒りが、空回りしているようで、つらい気持ちになる。


【22年3月12日】
レンタルした飛行機を没収するとか、国際ステーションにアメリカ人宇宙飛行士のみを置き去りにするとか、ちょっと引きでみていると、まるで子供の口げんかのようなレベルの発言が大人の口からなされているらしい。一方で、確実に死傷者を増やしながら、一方で、情報戦というにしてはあまりに軽薄なやり口が公式の場で行われていたりする、とは……。
事が治まったのちには、あたかも何事もなかったかのように、国際会議の場で、握手を交わしたり、談笑したりするのだろうか、彼らは。
文字通り、混沌とした世界、なのだろう。

3月も半ば。日差しがまぶしい。今日は、防寒着をつけないで、犬の散歩に出かける。西風も、冷たくはない。この風が黄砂を運んでくるのか、と思うとちょっと鬱陶しいけれど。心のどこかにざわめきを感じつつも、何事もない平穏な半日を過ごす、という風であるほかはない、とふと思う。


【22年3月7日】
季刊の小冊子、本日発送。おまけも同封して、郵送。定型外郵便で、ぎりぎり50g。120円で送れた。それを過ぎると、1通140円になるので、かなり郵送代がかさむことになる。ラッキーだった(自宅で計量した時は、49g。大丈夫と思っていたのだが、ぎりぎりだったとは……)。今後も、時におまけつきが可能になると確認もできた。
空を飛ぶ夢は、ごくたまに見る。ひじ掛け椅子に座って、自由自在に街中を走りまわる夢は、それよりは頻繁に見る。ただ、今回にみたいに、50ccのバイクで、海に姿を見せる岩礁帯を飛び跳ねて渡る、というパターンは、記憶する限り初めての夢であった。何かの必要があって、ある場所へ行かなければならない。時間は1時間以内のようだ。夢の中でかつて一度行ったことがあるところなので、漠然と向かうべき方向はわかる。ただ、交通手段を持たない。やむなく、友人から50ccのバイクを借りて、出発。なぜそんな排気量のバイクだったかについては、そのタイプしか乗ったことがないからだろう。時間がないので、そのバイクで高速道路(夢だから)をふっとばす。やがて、高速を離れ、海岸伝いの田舎道へ。さらに、海食崖伝いに作られた細い道が、ついに途切れ、そこから先は、白波砕ける海と、波間に黒く姿を見せる岩礁。それが、目的地の方向にとぎれとぎれに続く。時間は、容赦なく過ぎていく。行くしかない。高い場所にある道から、スピードをつけて、ジャンプ。最初の岩礁へと降り立つと、そのまま勢いをつけて、第二の岩礁へ、さらに第三の……。幸いなことに、海へ突っ込む前に目が覚める。夢とはいえ、無茶苦茶。まるで、「ルパン三世カリオストロの城」で、ルパンがクラリスを救い出すために、城塞の急傾斜の屋根を猛スピードで走り下って、ジャンプする、そんな場面を、夢とはいえ経験したような気分であった。ひどいものだ、全く!
因幡の白兎、などもふと連想する。

コロナ禍のせいで、ろくすっぽ身動きできない、その腹いせみたいに、見た夢なのだろうか、などとも思う。


【22年3月4日】
安倍晋三は、憲法9条を「空想」と断じたようだけれど、それなら、彼が信奉する「核兵器」は、一度使えば連鎖的に人類の破滅にまで至る可能性を思えば、うかつに使う事は出来ない非実用的な代物であり、世間ではそういうものを「絵にかいた餅(画餅)」などと呼ぶのではないか、と思う。
さらにいえば、そんな代物を抑止力と称して、お互い牽制しあう状況と、「憲法9条」の理念の実現を願う事と、どちらがより前向きで、どちらがより精神的に健全であるかを、個人的にちょっと考えてみたりもすることだ。
とはいえ、プーチンは原発を攻撃するという暴挙に出たりもしているので、そのうち、本気でやりだすかもしれない。
ただ、その瞬間から彼は、この地球上に存在することを、色々な意味で許されなくなるかもしれないけれど……。

そういえば、ヒトラーは自殺する前に、自分の愛犬を毒殺させたらしいけれど、いっそのこと野に放してやればよかったのに、などとふと思う。


【22年3月1日】
3月に入った。今日は、本格的な雨の一日。思ったほど寒くないのは、季節の移り変わりを感じさせる。この雨を機会に、一気に春の方へと気候が移ってくれれば、と思う。
ここ数日、進めていた季刊の小冊子と、それとは別の個人的な冊子の二種類を、印刷・製本に回すことができた。一仕事(仕事ではないけれど)終了、という気分ではある。この後は、出来上がった冊子が届くのを待ちながら、発送の用意をしなければならない。今日は、そのための封筒の購入や、プリンターのインクなどの補充を行う。この先の作業は、一人の手作業になるので、ちょっと大変ではある。しかし、楽しい。

停戦に向けての話し合いが始まったらしい。すでに多くの犠牲が出ている状況の中で、円満な解決などはとうてい無理なのだろうが、多くの禍根をあとに残さない形で、この異様な侵略戦争が収束の方向に向かうことを祈る。