日々録
日記のようなものを書いてみようかな、と思いました。             
備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、という事です。             
一人言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さい。

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3月分「日々録」


【4月30日】
何となくちぐはぐな一日。
8時前まで残業して、ミューズの練習にも出られず。京都駅前の中央郵便局まで行き、郵便物を出してくる。そのまま帰宅。
疲れて、ビール飲んで、よたっているような有り様。
家よりTELあり。明日帰省する。『雪華』より結社誌くる。ここしばらく、欠詠が続いたので、何となく心苦しい気がする。

【4月29日】
緑の日ということ。とりあえずゆっくり寝る。つもりが、5時過ぎに目をさまし、蒲団の中でゴロゴロする。一昨日が、国語科の歓送迎会で、いつもよりたくさんお酒をのんだのがたたって、夜、寝られなかった。お酒を飲み過ぎると、そんなことが良くある。仕方ないので、夜中にTVを見ていた。スタートレック(新シリーズらしいが、面白い)を見て、その後、NHKを見ていた。真夜中のNHKは、結構面白い。特に、自然関係の放送が、映像的に綺麗で良い。
仕方ないので、起きだす。その後、長い午前中、以前から考えていた某俳句雑誌の俳句賞の投稿作品選びに使う。句数は50句。昨年末の帰省の時の作品から、春先までの作品の中から、選ぶ。選び終わって、この程度の作かと思って、見直すのが嫌になってしまう。しばらく、置いておいて、時間をかけて練りなおすことになるのだろうか・・・。俳句の賞に投稿するのは、実は2回目。1回目は、「稔初期作品」で紹介している『印度行』50句。印度旅行の折、出来た作品がある程度まとまった数になったので、出してみたもの。無季自由律で出すというのは、無茶な話だが、そんな事も知らないでいた。
午後は、散歩に出る。長い散歩。とりあえず、地下鉄に乗り、北大路駅まで行き、鴨川畔を四条まで歩く。とても良い天気で、気分爽快。このコースは、今まで、何度か吟行会で歩いたことがある。とても好きなコースだ。途中、残り鴨が8羽の子鴨を連れて、こちらの岸から向こう岸の草むらに泳いで行く姿を目撃して、大感激してしまった。散歩に来て良かったと本当に思った。
四条に出ると、寺町の電気店街にパソコンを見に行く。何件か、店を見てまわって、TFT液晶のデスクトップパソコンが、何とか買えそうな感触を掴んで帰る。今使っている富士通のFMVーBIBLOは、使い易いのだけれど、少し欲が出てきているのかもしれない。
帰宅後、軽く走って、その後、風呂に入ってから、浅酌。今、ほろ酔い気分である。

【4月26日】
ワインを飲んで、少しいい気分になっている。今日の授業は、3時間。放課後は、文化祭に関わる会議。会議が終わったのは、5時過ぎで、その後中間考査の予定の確認作業。6時半に作業を終え、走ろうかとも思ったが、少々しんどいので帰ることにする。なんとなく息苦しいような感じなのだ。帰宅して、血圧を測ると平常値だったので、一安心。但し、心拍数が明らかに以前と違っていたので、薬が効いていることを確認する。
昨日は、一日こまごまとした用事をこなす。部屋を少しずつ整理したり、クリーニングに冬ものを出しに行ったり、母に送金したり、給料を引き出しに行ったり、『俳句』5月号を買いに行ったり、近所をぶらぶら散歩したり、昨日に続いて今日も洗濯したり、軽く走ったり、本を読んだり・・・。時間を細切れに使った一日だった。友人からのTEL。いつも美味しい夕食をごちそうしてくれる友人夫婦から、遊びに来るということ。また、別の知り合いからゴルフの誘い。帰省を含め、連休前後のスケジュールが埋まってしまった。
所属結社からの会誌が届く。5句欄に入っていた。「テディベア出窓に見えて春浅し」「橋脚のいづれも春の日差しかな」「マイクテスト終え春旅の準備終ふ(添削が入っていた)」「蔵の町てふ春雪の残る町」「トンネルを抜け春雪をまぶしめる」全体におとなしい作品か。
醍醐会の石動さんから、記念誌の校正が届く。彼女は明日から、高知へ行くとのこと。茨木和生さんの句碑開きとのこと。土佐には、一度行ってみたい。

【4月24日】
今日は、土曜日。第4土曜日なので、お休みの日。朝、5時位に目が覚め、蒲団の中でぼやーと過ごす。6時には、起きだし、洗濯をする。コーヒーを入れ、朝食を食べる。一日ののどかなスタート、といったところか。
本格的に授業が始まって1週間。生徒も教師も元気である(元気過ぎて、はめをはずす生徒も出たようだが・・・)。
昨日は、4時間授業と分掌会議。放課後は、漢字検定の申し込みの整理をしていたら、いつの間にか7時過ぎになっていたので、急いでミューズの練習に行く。ここ2週間くらい喉の調子が今一つなのだけれど、練習には気合いが入る。レッスンが始まって3ヶ月。折り返し地点に達した所。チケット販売も始まり、来週には、ビラも刷り上がるとのこと。
夜の京都駅構内を近鉄の方まで歩く。帰宅途中の会社員やたむろする若者たちや観光客らしい人達の間をぶらぶら帰る。歌い終わった充実感と明日は休みという気楽さから、結構いい気分で帰る。

【4月22日】
「生き死にに関わりのなき桜かな」という作品を作ったりもしました。僕自身は、「関わりのなき」などと超然たる姿勢をとることは出来ないのですが。「桜」と「死」との取り合わせは、一つのパターンのようになっているので、少しひねった作品ではありますが、内心の僕の願望かもしれません。
どちらかといえば、枝雀さんが罹ったという「死ぬのが恐い病」の方が、実際の自分の姿なのかもしれません。人の死は自分をもまた、「裸」にするものなのでしょう。
授業は、進行中。1年生は、少々しんどい。「中学の尻尾」といえば、「中学校」の先生から抗議が来そうですが、幼さの尻尾をひきずった1年生達。当分は「尻尾」との格闘が続きそうです。

【4月20日】
桂枝雀さんが、亡くなられた。本当に残念です。心から、ご冥福をお祈りします。
枝雀さんの落語は、本当に面白かった。どの落語も、本当に面白かった。人の目に触れないところで、常に精進を続けられた人生のようでした。底抜けに面白い落語の影に、身を削るような努力の日々があったようです。
今年の春は、直接、間接に、何人もの人の死に触れて、つらい気持ちがします。

【4月18日】
先月は、仕事の関係で欠席した丹後の「いさなご句会」へ出席。新緑の丹後は、さわやかで気持ちがよい。少し雨もよいではあったが、ゆったりした気分で句会を迎える。
岩城先生は、普段とかわらない様子。句会出席の人達のお悔やみの言葉に、落ち着いてこたえておられる。会員の方の作られた柏餅や、松露の入ったすまし汁をごちそうになったりしながら、句会が始まる。
句会は、5句投句で7句選。5句出句中、4句岩城先生選に入る。俳句に対して少し弱気(俳句はなんて難しいんだろうと、若干落ち込んでいたりもしたのだ)になっていた時なので、励まされたような気持ちになった。
帰りの電車の中では、いつものようにビールを飲みながら、色々、お話を聞く。亡くなられた奥様とのなれそめの話などもうかがった。

【4月15日】
授業は動き始めている。それにつれていろいろ問題も現れてきている。大は、講座担当者の交代から、小は講座メンバーの行き違いまで。
朝は少々しんどいけれども、新しい薬はうまく効いている。時に息苦しいような感じになる(自立神経の関係だろうか・・・)時があるけれど、おおむね順調。一病息災、でいきたいものだ。
最近、本当に良く夢をみる。眠っているのか、夢を見ているのか、わからんくらいによく見る。よく大きな建物が出てくる。学校だったり、病院だったり、別荘だったり、やたらと部屋数の多い建物。迷路のような中で、まるで連続ドラマみたいにいくつもの夢をみる。面白いといえば面白いのだが、目が覚めて少々疲れてしまう。
今朝の夢には、岩城先生や茨木和生さん、さらには神の使い?の鹿まで登場した。最後は、夕暮れのどこかの街から、千キロ余りの距離を今から自転車で自宅まで帰らねば、というところで目が覚めた。疲れるでしょう、やっぱり・・・こんな夢。

【4月13日】
昨夜はお通夜。今日は、告別式。3限までの授業を終え、掃除の指示をしておいて、年休をとって岩城先生宅へ向かう。葬儀は1時から。地下鉄、タクシー乗り継ぎでかろうじて間に合う。
会葬者への御礼を配るお手伝いをする。最後に、霊柩車へと奥様の柩を納め、喪主としての岩城先生のご挨拶を聞いた時は、しみじみとした思いになった。
葬儀を終え、帰る。今月18日の「いさなご句会」に岩城先生は来られるとのこと。世話役の山本さんから、そっとお聞きする。葬儀のお手伝いの時に、えっと思うような経験をしたが、今日は書かない。
帰り道、郵便局により固定資産税を納め、京都駅まで行き、アバンティ6階の書店で河野典生の『街の博物誌』という本を探す。授業に使うつもりであったが、備え付けのPCで検索すると在庫なしということで注文に時間がかかりそうで、あきらめる。

【4月11日】
朝食を終え、地下鉄で北大路まで。吟行地である植物園へ行く。赤いチューリップの絨毯に迎えられ、満開の桜を見ながら、園内を逍遙する。たまたま、茨木和生先生一行に出会う。そこで、和生先生から、岩城先生の奥さんが今朝亡くなられたと聞く。
2時間程、広い園内を歩きながら、作品を考える。その折の作は、今月の「稔作品」ページにすべて掲載。午後の句会は、盛況。久しぶりの句会を楽しんだ。
句会終了後、タクシーで岩城先生宅へ。お悔やみに行く。先生は、落ち着いておられた。程なく、句会に参加していた『参』のメンバーの女性達も到着する。
帰宅後、何人かの方へTELする。清水貴久彦さんにも連絡。本を送っていただいた御礼と通夜等の日程を知らせる。

【4月10日】
昨日は、4週間ぶりにミューズのレッスンに行く。練習は「ディエス・イラ」まで進んでいた。久しぶりに歌うので、声が出ないのではと思っていたのだが、結構歌えて安心した。練習を終えて、四条まで出る。知り合いの飲み会に合流。2次会までつき合って、早め?に帰る。
今日は一日雨が降ったりやんだりで、夕方ジョギングのために外出した以外は自宅で過ごす。久しぶりの休日で、だらだらと過ごす。昼寝なども少しした。ホームページの更新も一部行う。
ギョギングから帰り、ポストを覗くと書籍小包が届いていた。醍醐会のメンバーで『木語』に所属する清水貴久彦さんから本が送られてきたのだ。『風はどこから』。山田みずえ氏の俳句鑑賞のエッセイだ。いつものごとく、入浴しながら少し読む。ユニークな視点と自在な語り口が、とても面白い。岩城先生が、清水さんの文章の上手さをほめておられた事があったが、納得した。
明日は、関西俳人協会主催の「京都府立植物園吟行会」。午後、会場を京都教育文化センターに移しての句会。1月ぶりの句会で、楽しみである。良い作品が出来ればよいが。

【4月7日】
今日は、時間割を教科へ提示する。その後の教科会議で、改善点についての、教科からの要望提示があり、それについて検討が行われる手はず。教科会議に出て、その後、年休をとって病院へ行く。ここしばらく薬を服用しているにもかかわらず血圧が高いままで下がらず、しんどい。顔なじみになっている医師に現在の状態を説明し、採血と心電図の検査を受け、結果として今まで服用していた薬を変えることになった。とりあえず2週間分。ただ、新たな副作用が心配。そのまま、帰宅。教科からの要望に対する対応について、電話でその結果を尋ねる。
数日前、ゴルフ仲間の知り合いが突然亡くなった。心不全だったらしい。大変ショックだった。亡くなったその日、自宅へお別れに行き、翌日の、通夜にも行く。葬式には出席しなかった。同じゴルフ仲間が、通夜に来て、そのまま自宅に1泊する。近所の居酒屋へ酒を飲みに行く。こんな時、やはり一人暮らしは気持ちの面でこたえる。泊まってもらって有り難かった。
明日から、新学期。すこしずつ生活と体調を元に戻してゆかなければ、と思う。新学期の準備もあるけれど、今度の土・日はどこかへ小旅行へ行きたいなとも思う。出来れば、吉野か、小浜辺りへでも。でも、無理かな・・・。
友人から借りた、遠藤周作の『彼の生き方』を読了。中間小説に属する作品だけれど、面白かった。通勤の途次や、夜、眠れない時などに、少しずつ読み進めた作品。

【4月4日】
時間割組みの作業も終盤に入っている。一応、全時間割が縦横1m程のボードに小さなコマとして納まっている。僕はもっぱら全体の進行と教科担当者との連絡や調整にあたった。実際の時間割のコマ入れは、数学2人と音楽の先生がトリオになった。近年にない強力トリオで、時間割組みにあたり、何度もの行き詰まり状態を、その都度乗り越えてきた。3人トリオの後ろで、その気力と集中力のいる作業を見ながら、本当に頭が下がる思いがした。
連日、8時間から10時間ほど、ボードの前での集中した作業が行われた。このあとも、まだこまごました作業が続くが、大きな山は越えたかもしれない。あとは、教科に提示して問題点が見つかる可能性と、実際に授業が始まって、そこで問題が見つかるかどうか、という事があるが。
今日は、午前中は休んで、午後から教室配当やさらに微調整などを行うことになる。細かい部分では、ほぼ解決不能の問題がいくつかあるけれど、それはあきらめるほかないと思う。授業担当の先生には申し訳ないのだけれど。
今日の新聞を見ていたら、「醍醐会」のメンバーの井上弘美さんが「俳句朝日」の新人賞を受賞していた。すでに「俳句研究賞」の佳作に入るなど、実力のある人で、いづれなにかの賞を受賞すると思っていた。早速、お祝いの電話をしたら、本人は「醍醐会」の校正原稿の督促と勘違いしていた。