日々録
日記のようなものを書いてみようかな、と思いました。
備忘録を兼ねて、日々思ったことを書き付けておこうか、という事です。
一人言めいた内容もありますが、興味があれば、お読み下さい。
3月分「日々録」
4月分「日々録」
5月分「日々録」
6月分「日々録」
7月分「日々録」
8月分「日々録」
9月分「日々録」
【10月31日】
土曜日は2時間連続授業。その後は、教材の準備に使う。国表の創作は、やはり、かなり難しかったようだ。昼食を食べて、そのまま帰宅する。1週間が終わって、少々疲れ気味。
帰りに夕食の材料を買って帰る。久しぶりにおでんを作るつもり。帰ってすぐ、土鍋を降ろし、洗濯をしながら下ごしらえをする。玉子を茹で、鶏肉を入れた汁のあくを丁寧に取る。その後、材料(買いすぎであった)を入れ、くつくつ煮る。そして、一休み。夕方になって、調子が良くなったので、ジョギングする。50分程走る。暑からず、寒からずで気分が良い。宇治川のほとりまで走る。しばらく川の流れを見てから帰る。
走り終え、風呂に入り、お酒を飲みつつおでんを食べる。美味。すっかりくつろいで、9時過ぎには寝てしまう。夜中に一度目をさますが、その後は5時過ぎまで眠る。
【10月29日】
授業は4時間。国表を実施。草野心平の詩を参考資料として、創作。生徒はかなり苦しんだようだが、数名を除いて何とか時間内に出来上がったようだ。ご苦労様。作品はこれから目を通すのだが、読む方としては楽しみだ。前回同様、作品は公開して、生徒の判断も加味して評価をしていくつもり。
喉の炎症の薬を飲んでいる。薬のせいでお腹が痛い。副作用みたいなものなのだろうが、当面は仕方ないと思って我慢する。喉の調子は少し良くなってきたように思う。今日は、ミューズのレッスンがあったが、なんとか歌い通すことができた。ただ、喉の腫れは、あまり改善の気配が見えない。
知り合いからTELあり。11月3日は、どうするのか、との問い合わせ。その日は、丹波高原のロードレースなのだが、同じ日に、別の予定も入っていて、どちらにしようかと迷っている状態なのだ。今週の日曜日に『醍醐会』の集まりがあり、その時の状況次第で決定しようと考える。
【10月28日】
検査の結果は、まあ個人差もある、という事で、とりあえず大丈夫ということになり、多少の不安は残るもののお酒解禁とする。早速、行きつけの店へ行く。すでに「おでん」が始まっていて、注文する。美味い。熱燗2本と、ぶりの照り焼き、サラダ、しめさばを食べる。満足する。
現代文で、久しぶりに俳句を扱う。大岡信の「おりおりのうた」を教材とする。生徒たちにとっては、縁遠い世界でもあり、この先、どのように展開していくかが問題ではあるが、やっている本人は楽しく授業を進めている。国表は、ちょっと変わったことをしてみようか、と思っている。「ことばあそび」その(2)というところ。さて、どうなることか。「ことばあそび」という点を除けば、あまり意味がないことかもしれないけれど、恐らく、ほとんど誰もやったことがない(あえてやらない?)ことなのかもしれない・・・などとも思う。
HPの作成者の件で、混乱を招くようなところがあったようだ。このHPは、『参』の会員の鈴木稔が、岩城先生の作品と、『参』の会員の作品を紹介すると共に、鈴木の作品や評論、創作、さらには、授業の実践の一部を紹介する、というのが基本のコンセプトのページなのです。
【10月25日】
今日で試験は3日目。試験はないが、監督(ならびに立ち番)が3時間連続となり、少々疲れた。その後は、2学期後半の授業準備。作業用のプリント2種類と、漢字小テストを5回分×2学年分作る。その後、2学期前半分の漢字小テストの結果を入力。1時間分の年休を取って帰宅。一旦、自宅へ帰ってから病院へ。喉の状態が酷くて(先週のミューズの練習では、声が出なくなり途中で練習放棄してしまったような有り様だった)、近所の耳鼻科へ行く。内視鏡で見てもらうと、喉、声帯、さらには気管支の方まで充血して真っ赤となっていた(画像をVTRで見せてもらえた)。飲み薬3種類とうがい薬、トローチ、さらに鼻の薬まで貰って帰る。なんとなく情けない。明日もまた、別の病院で別件の検査をして貰うことになっている。あーあ、という気分である。
昨日は、「参の会」。岩城先生による、桂樟蹊子氏の「京大俳句」時代の作品についての講演があった。今日は岩城先生の師である桂氏の7回忌追善の集いでもあるのだ。その後、小宴は遠慮して会場を出る。岐阜から来た清水さんと地下鉄まで同行して、僕は京都御所の方へ行く。広々として気持ちが良い。何も考えないで景色を眺めながらぶらぶら歩く。こんな瞬間は、本当に得難い時間だと思ってしまう。遅い昼食を食べ、そのまま柳月堂に行き、1時間程音楽を聞く。本当に久しぶりに『惑星』を聞く。僕のクラシックの聞き始めが、この曲なのだ。僕の俳句もそうなのだが、芸術性より面白さみたいなものに対する嗜好が、僕の中にはあるらしい。
帰宅後、あまりに天気が良いものだから、伏見港まで走る。日曜の夕方で、まだ釣り人や散歩をする人の姿などが見受けられた。風は、涼しさを通り越して寒い位の状態だった。風呂に入り、夕食を作り、夜は、早く寝る。
【10月24日】
携帯電話は便利だろうし、今後も色々な形で発展していくことだろうけれど、その使い方については、公私の別をつけるということでのマナーがなんとかならないのだろうか、とつくづく思う。特に車内での私的な電話については、勘弁してほしいと思う。多くの赤の他人の中でそんな事まで口に出して、恥ずかしいとか、照れくさいとか、そんな気持ちを感じないのだろうか、と思う時もある。「社会的自我」という言葉を聞いたことがあるが、「社会化」された「自我」、言い換えれば、大人としての自己意識のようなものについての未成熟というものを感じる。あまりえらそうなことは言えないが、少なくとも「場違いな存在の自己」に対する「羞恥」の感情というものは忘れたくも失いたくもないと思う。
恐らく、携帯をかけている瞬間は、どこにいようとも自分と相手だけの「私的空間」が突然生じるような錯覚の中に陥る人がいるのではないか、と想像するのだが、携帯という機械によってそんな錯覚が生じるところに「もの」に依存した「あわただしく」「こころさびしい」現代人の一種の病理現象みたいなものを感じてしまう。ちょっと狭量な考え方かもしれないが、そんな気がするし、もちろんこれは、使い方次第の話なので、携帯自体を頭から否定するつもりはない。ただ、なんとなくそんな情景があちらでもこちらでも見受けられる点に違和感を感じてしまうのだ。もっとも、自宅に帰ってから携帯を使う人はいないとは思うけれど。
あるいは、逆転の発想で、やがて携帯をかけている人に対しては、まわりの人間があたかもその人はそこに存在しないかのように扱って、携帯をかける人のプライバシーを守るなんて心優しいマナーが生まれるかもしれない、なんて。
いずれにしても、深夜の暴走(これも「もの」依存の病理現象)と人中の私的(事情を語るような)携帯電話は、勘弁してくれ!と思う。
【10月21日】
免許の更新に行く。
免許センターでのこと。その一。満員状態の更新手続き所。書類を書き込む為のテーブルで、20代半ば位のややケバイ系の女の子が、テーブルに肘を付いて携帯電話を掛けている。「親を見捨てるわけにはいかないし。」「私自身飛んでる生活しようと思ったのに、どうなるのよ。」など、大きな声で話しているのが聞こえる。深刻そうな話のようにも聞き取れるけれど、本人は平然とした表情で電話を続ける。そのまわりで、書類に記入をする人が入れ替わり、立ち替わりしている。僕も書類を書き終えてすぐにその場を離れたので、その後の話はしらない。但し、10分後、そのテーブルの側を通りかかったら、まだ、話を続けていた。
免許センターでのこと。その二。50代の男性。三つ揃いのスーツを着た、かなり恰幅の良い人物。その彼が、証明用写真を片手に窓口の女性に噛みついている。「なぜ、この写真ではだめなんだ。」と怒鳴っている。窓口の女性もそれに怯まず、日に焼けて見えにくくなったものは使えない、と応答している。その男性。「そんなことは、関係ない。見えればいいではないか。」と食いつく。女性は、並んで待つ人達を捌きながら、ダメですと突っぱねる。男性、「拒否する根拠は一体なんなのだ。」とさらに詰め寄る。やがて、男性職員に代わり、法的根拠に基づいているのだ、との強い調子の説明を受けて、引き下がり、写真をとりに行く。この間、7〜8分。呼び出しを待ちながら、そのやりとりを見物していた。悪趣味だっただろうか。
10時半位には、新しい免許証を受け取ることができた。速い。行きはタクシーだったのだが、帰りはバスで帰る。いかにも秋らしい天気で気持ちが良い。手前のバス停で下車して、自宅まで歩いて帰る。出さずじまいになりそうな俳句2句を考えながら帰る。2晩考え詰めて出来ず状態だったので、少々辛い。帰宅し、洗濯しつつ考え、なんとか作る。FAXで送るが、完全に遅刻状態だから、没にして下さい、と一言添える。
【10月20日】
今日は授業は3時間。試験範囲へ滑り込みセーフという有り様であった。国Tの「動物のサイズと時間」について感想文を書いてもらったが、内容は今一つであった。特に、内容的に難しいという感想が結構あった。悩んでしまう。本当は、本文をしつこい位に繰り返し読む、という事が必要なのかもしれない、と思ったりもする。時間的に難しいことではあるが。
試験の模範解答を作る。その段階でさらに小さなミスを見つける。消したつもりの単語が一語残っていたのだ。仕方がないので、問題文を刷り直す。裏側を再利用するわけにもいかないので、元の問題はシュレッダーにかける。
夕方、久しぶりにバドミントンを1時間程する。その後、少し走る。やっと時間的に余裕が出来た気分になる。夕食の材料を買って帰る。今夜はスキヤキにする。訳あってしばらく断酒状態になるので、その分、美味しい物を食べようという気になっているらしい。でも、スキヤキで美味しいのは、糸コンニャクと葛きりだったりするのだ。
明日は、年休を取って免許の更新に行く。場所が羽束師なので少々不便だ。車を持っていないので、帰省した時くらいしか運転をする機会はないのだが、無いと不便でもあるので、更新に行く。いわゆる「優良ドライバー」として、講習は短時間で済むのが嬉しい。
【10月19日】
12時前に、とりあえず試験問題は出来上がった。すぐに寝る。目が覚めると5時30分。普段は6時には起きるので、ちょっと中途半端な時間に目が覚めてしまった。眠いような、眠くないような状態で30分ほどベッドの中でごろごろする。
今日は、授業は3時間。国語Tが2時間と、国語表現。国語Tは『ゾウの時間ネズミの時間』から、動物のサイズについての話。結構面白い内容なのだが、生徒諸君の反応はまあまあというところか。国表は、「ことばあそびうた」の創作。面白い作品が、出来た。生徒たちの了解を得たので、いずれHPに掲載の予定。
その後は、単位登録のデータの確認作業と打ち出し作業。結局、放課後までかかってしまう。出来た資料を担任に渡す。これで作業は一段落。昨夜作った試験問題の点検作業。いろいろミスを発見。訂正して、印刷、袋詰めにして教務の保管庫へ。夕方までかかる。これで、試験の準備も終了。
帰宅の前に軽く走ろうと思ったが、あいにくかなり強い雨が降りだし、仕方がないので、そのまま帰ることにする。その代わり、久しぶりにちゃんとした夕食を作る。純日本食。温飯にアジの塩焼き、焼き茄子、ナメコの味噌汁、さらに紀州の梅干し一つという献立。美味しかった。風呂にも入ったし、今夜は『お宝鑑定団』もあるし、のんびり過ごすことにする。
【10月18日】
忙しい。とりあえず7時前に帰宅。この後、食事をして、木曜日から始まる中間試験のために問題作り。
昼間は丹後へ「いさなご」句会に行っていたので、帰宅後、テスト原案を今日になる前にほぼ作った。今日は「一太郎」でテスト作り。何時までかかることやら。
今週も、公私ともに忙しくなりそうだ。もっとも、遊びの予定もちゃんと入っているのが嬉しい。
【10月12日】
いつもの生活が始まる。授業は3時間。その後、単位登録のデータ打ち込み。その合間に、校内巡視。ゴミ拾いなどしつつ、うろついている生徒はいないか、と各棟を見て廻る。2学期に入って大きな行事も終わり、少し落ち着き始めているか。
放課後は、短大の進学補習。しかし、模擬面接と重なったりしたせいか、生徒は来ず。その代わり、面接を待っていた生徒の模擬面接の為の面接を頼まれる。昔、進路部だったこともあり、引き受ける。結構、はきはきした受け答えが出来ていて、感心する。
その後、中間考査の監督表作り。単位登録の新たな式入力(教えて貰ったのだが、良くわからないので困った)しながら、1台しかない教務用のPCを他の先生と使い廻して、考査の教室配当表など作る。夕方、30分程走り、その後、仕事の続き。8時前にセコムをセットして帰宅。明日も忙しくなりそうで、少々うんざりする。
【10月11日】
3日間、帰省していました。10年ぶりに兄弟3人が出会いました。
楽しい、しかし、ちょっと難しい問題もあったりの3日間でした。
でも、のんびり過ごせた3日間ではありました。
【10月7日】
夜中に目が覚めて、仕方ないのでTVをつける。これでは、昨日と同じではないか、と思うのだが、事実なのでしかたがない。なんとなく寝辛くなってしまうのだ。変な癖だと思う。香港映画をやっていた。昔の、「仁義無き戦い」+「アメリカングラフィティー」の世界。面白い。つい、見てしまう。一体、毎日、何をやっているのか、と思う。
その上、ちょっと考えることがあって、結局、その後、一睡もできなかった。外は、酷い雨で、その音が、ザブザブ耳に伝わってくるという有り様だった。
寝不足で、変に神経が高ぶっている。これも、昨日と同じ言い回しである。実際、変に神経が高ぶったような状態になるのだ。なんとなく、学生時代を思いだしたりもした。大学時代、昼、夜がかなりずれるような生活を送っていたものだから、その時の事を思い出したりもしたのだ。12時くらいまで、下宿でわあわあやって、その後、部屋で明け方まで本を読んだり、ノートになにやら書きつけたりしていたものだ。よく身がもったものだ、と思う。
完全に寝不足状態なのに、逆に調子が良いような気がする。おかしなものだと思う。今日の仕事の一つ、「桐」はちゃんと動いた。さっそく、3クラス分程データーを打ち込む。これから、長ーい単位登録の調整作業が始まるのだと思うと、「前途茫洋」たる気分となる。ちょっと、辛い。眠気は一体どこへ、という状態であったが、それでも、さすがに帰りの近鉄の中では、いつの間にかうとうとするという有り様ではあった。
【10月6日】
夜中に目が覚めて、仕方ないのでTVをつける。「スタートレック」をやっていた。面白い。ついつい、終わりまで見てしまう。その揚げ句、眠気がすっかり覚め、しかたないので、本を読むことにする。立花隆のコンピューターに関わるルポルタージュ。これがまた面白くて、明け方近くまで読んでしまう。おかげで、かなり寝不足状態で出勤。
昨日のクラブの疲れが足に出ていて、若干筋肉痛。歩きづらい。
寝不足で、変に神経が高ぶっている。元気なのか、ぼやっとしているのか、我ながら分からない状態で、仕事をこなす。始めて「桐」のデーターベースを(ともかくも「桐」ベテランの人にあれこれ尋ねながら)自分で作る。まだ、きちんと式が入っていないので、どうなるかわからない所があるが、まあ、何とかなりそうな予感がする。
放課後はクラブ。今日は、外部講師の方が来られるので、クラブに付ききり状態となる。今日は、練習には参加できないので、それが少々残念である。7時前に終了。少々遅くなってしまった。帰宅すると、8時過ぎ、シャワーを浴び、ビールを飲み、一休み。ついでに洗濯もする。
【10月5日】
昨日は月曜会。最近、俳句について、自分の感覚を生かしつつも、伝統的な美意識に触れるような作品を作ってみたい、という思いがあって、そんな作品を提出してみたが、失敗だったようだ。作品が、そのレベルに達していない。結局、既成の枠内の平凡な作品であったようだ。さらに悩みつつ、作品を模索する他はないか、などとしばらく考えるが、まあ、先は長いのでぼちぼちいくしかないか、と納得する。作品は、HPの「稔作品集」当日の投句があります。
ここのところ、気分は落ち込み気味で、自分でも少々鬱陶しい状態だ。いろんなことについての総括じみた思いに捕らわれていて、思考が若干暴走気味状態である。ともかく、地に足着けてやっていく他はない、と繰り返し自分に言い聞かすだけである。どうもいかんなあ、と思う。
授業は3時間。それ以外の時間は、とりあえず、生徒の感想文と国表の作品80編を読みに読む。国表は、ちょっと誌上討論形式の文章で、書いている生徒たちは大変だったろうと思うのだが、読んでいるこちらは大変面白かった。読みがいがあるとは、このことか・・・などと思ってしまう。生徒たちは、本当にいろいろなことを考えているのだ、と改めて思う。
放課後までかかって、読了。その後、久しぶりにバドミントンクラブへ顔をだす。練習に参加する。ちよっと練習の足ひっぱりかな、と後ろめたい気もするのだが、同じメニューをこなす。2時間近くの練習と試合。たっぷり汗をかく。その後のいつもの店でのビールの美味しかったこと。
【10月3日】
昨夜は、すごい雷雨だったようだ。半覚半睡状態の中で、絶え間ない雷鳴を聞いていたような気がする。洗濯物を外に出しっぱなしだ、と思いつつも、また、寝てしまう。
7時前に起床。天気は、雨模様。晴れていたら久しぶりに山に行きたかったのだが、中止。午前中は本を読んで過ごす。先週の鴨川散歩の折、古本屋で手に入れた昭和22年刊の水原秋桜子の随筆集。日記なども掲載されていて、秋桜子の多忙な日常生活の一端が伺え興味深い。
午後になって天気は回復し、青空も見えてきた。今日は、骨董市の最終日なのだが、今回はパスする。TVでゴルフの日本オープンを見る。風と雨の中でのプレイは、厳しい。しかし、見る方にとっては、とても面白い。
夕方には、伏見港の方まで走ってこよう。夜は、明日の月曜会のための作品作り。
【10月2日】
どこかの県知事が「日の丸」等を尊敬できない人は日本国籍を返上せよ、的なことを議会の場で発言したそうだ。「敬意を表せざる者、日本国民に非ず」という形での「非国民」意識の復活か。本人の良識に?マークが付くような、恐らく「超・軽薄」な発言なのであろう。
1週間が過ぎるのが、早い。今日は、もう土曜日だ。授業は2時間の連続授業。のどの調子が悪くて、授業の途中から、声がガラガラになって、困った。昨日の、第九の練習を頑張り過ぎたせいであろうか。
授業後、年休を取って病院へ。血液検査といつもの薬を貰いに行く。そこで、珍しい人に出会う。前の学校で一緒に仕事をしていた人(教師ではない)。2年ぶりの、まさに奇遇という感じ。検査を受けにきた、とのこと。数年前に大きな病気をされ、その入院・手術のことを「天国に一番近い島に行ってきました」と冗談めかして言われる人。なかなか面白い人なのである。
待合い室で呼ばれるのを待ちながら、近況や今年の夏行かれたシルクロード旅行の話などを聞く。中国のトイレは大変だったとか。病院で楽しい時間を過ごした。